1.お兄さんちの狐乃音ちゃん

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1.お兄さんちの狐乃音ちゃん

 ひょんなことからお兄さんちの居候になった子狐娘、狐乃音(このね)ちゃん。 「今日はお掃除をします」  一見して、小学校の低学年くらいかな? と、想像できるような、小さな体。神社の巫女さんを彷彿とさせるような、鮮やかな紅白の装束に身を包んで、ふさふさもふもふの尻尾とぴょこんとしたお耳がとっても可愛らしい。  けれど。そんな見た目でも、彼女はれっきとした神様なのだった。 「掃除機って、すごいですよね。何でも吸い取っちゃいます」  かつて、このお家から少し離れたところにあった大きなお屋敷に、彼女はとても長い間祀られていたのだった。  ところがある日のこと。お屋敷と社が壊されてしまい、彼女は路頭に迷ってしまった。 「るんるんるん」  狐乃音は行く宛もなく散々街をさ迷い、空腹に耐えきれずに倒れてしまった。そんな時、優しいお兄さんに助けられたのだった。 「らんらんらん」  ――タイソンという、どこかのボクサーみたいな名前のメーカーが作ったコードレス掃除機のスイッチを入れて、楽しそうに掃除を始める狐乃音。が、そのうちに……。 「うきゅっ! ししし、尻尾があぁぁっ!」  掃除機で尻尾を吸い込んでしまい、慌てふためくのだった。 「ぬぬぬ、抜けません~! うきゅ~~~!」  狐乃音は素直で、礼儀正しくて、いつも一生懸命で、いつも誰かのお役に立ちたいと思っている優しい子だった。  彼女は、神様扱いされるのを嫌がった。  敬ったり、特別扱いとかしないでほしい。普通の、何も知らない小さな女の子として接してくださいと、お兄さんに言ったものだ。 「やっと抜けました」  よく考えれば、掃除機のスイッチを切ればいいんじゃないでしょうか? と、ふと冷静になり、ようやく危機を脱した狐乃音。 「お部屋が綺麗になりました」  広いフロアは掃除のし甲斐があった。頑張っただけあって、埃一つ落ちていないのがわかる。狐乃音はにっこりと笑顔。 「お兄さん、お仕事お疲れ様です。お茶、飲みませんか?」 「ああ。ありがとう。ちょっと、休憩しようかな」  和室にて、仕事をしているお兄さんにお茶を持っていく狐乃音。彼女はお兄さんのことが大好きだった。 「お茶、おいしいね」 「はい~」  お掃除の仕方も、お茶の入れ方も、狐乃音はいろんな事をお兄さんに教わった。知らなかったことを知っていく。それが素晴らしくも楽しいことだと、狐乃音は理解していた。 「お掃除ありがとね」 「どういたしまして、です」  猫舌なのか、ふーふーと息をかけながら、湯飲みのお茶を飲む狐乃音。ただ養われるだけでは嫌だ。お兄さんに少しでも恩返しをしたい。彼女はいつも、そんな風に思っていた。 「おや?」  ぴんぽーんと、玄関のチャイムが鳴った。どうやら来客のようだ。 「狐乃音ちゃん」 「はい。隠れていますね」  お兄さんにとって狐乃音は、親戚というわけでも、娘なわけでもない。何とも説明できない微妙な関係なわけで、他人にその存在を気取られるのはよろしくない。だから来客があった時、狐乃音は押し入れの中に隠れることにしていた。 (んしょんしょ)  狐乃音はふっさふさの尻尾を両腕で抱えるように掴んで、押し入れの中に潜り込む。後は極力静かに、動かないようにするだけ。簡単な事だ。  時間にして数分程度で、避難指示は解除された。 「狐乃音ちゃん。もう出てきてもいいよ」 「は~い」  出てくる時、窮屈そうにふにゃりと潰されていた狐のお耳と尻尾が、ぴょこんと立った。 「ごめんね。面倒かけて」 「とんでもないです。当然のことですよ」  狐乃音自身、自分の存在が特殊すぎると理解している。お兄さんに迷惑をかけたくない。だから、素直に言いつけを守っていた。 「お客様は、どなただったのですか?」 「あー。それがね」  お兄さんはちょっと考えてから、狐乃音に言った。 「狐乃音ちゃんの力。貸してもらえないかな?」  狐乃音は稲荷神。世間一般ではお稲荷様と呼ばれている神様だ。彼女自身理解していないけれど、色々な、不思議な力を使えるようだった。  こんなこと、多分できるんじゃないかな? そんな、頭に浮かんだことを試してみたら、いろいろできちゃったことがあった。 「私の力、ですか?」  狐乃音は普段、神としての力を積極的に使う事はなかった。何が起こるかわからないし、狐乃音の体にどんな影響を及ぼすのか、見当も付かないのだから。  けれど、例外はあった。困っている人を助けたいと思った時がそうだ。 「うん。あのね……」  お兄さんは、今しがた来客と話した内容を、狐乃音に説明し始めた。
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