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2.どっちも正しいこと
つい昨日の夜から、近所に住む小さな女の子が失踪したとのことだ。
女の子の名は、岬ちゃんといった。
「可哀想です」
「うん。僕もそう思う」
岬ちゃんがお母さんと二人でスーパーに買い物に行った時のことらしい。お母さんが車に荷物を載せているほんの僅かな間、手を離してしまったそうだ。
「元気な子はほんのちょっぴり目を離しただけで、どこかにとことこ駆けて行っちゃったりするんだよね」
「あっという間に遠くまで行っちゃうんですね」
家族とその関係者が目撃情報が無いかと、聞き込みをしているのだった。
「子供から目を離すなって、他人が言うのは簡単だけどね。そんなに甘いもんじゃないんだよ。子供のすばしっこさは、ものすごいんだから」
「はい。わかります」
来客から手渡された顔写真を狐乃音にも見せて、お兄さんは言った。
「軽々しく頼ってはいけないって、わかっているんだけど」
狐乃音の力は未知数だ。使えば使うほど、何が起こるかわからない。もしかすると狐乃音の命に関わる事もあるかもしれない。
「私の力、ですね」
「うん。居場所を探り当てること、できないかな?」
「多分、できると思います」
神として未熟だから、自分に何ができるのかわからない。けれど、そう言われてみるときっとできるような、そんな気がする。
「お兄さん。私、やってみます」
「うん」
狐乃音は思い出す。以前にも、自分が持つ不思議な力を使って、人助けをしたことがあった。
助けた人達から喜ばれて、狐乃音は嬉しかった。
お兄さんは喜んでくれつつも、心配をしながら言ったものだ。
『世の中にはね。可哀想な人がいっぱいいるよ。……けれど、その全てを助けることはできないんだ』
お兄さんは狐乃音に、神としての力を乱用しすぎないでねとのお願いをしていたのだった。
『狐乃音ちゃんは優しいから。自分の身を犠牲にしてでも、助けようとしそうだからさ。……残酷な事を言っちゃって、ごめんね』
自分を傷つけないでと、お兄さんはお願いしたのだ。
『ありがとうございます』
狐乃音は穏やかに目を伏せて、そう言った。
お兄さんは、私の事を、よくわかってくれていますねと思いながら。
『不公平なんだよ、世の中はさ。……あの子は助けてくれて、どうしてうちの子は助けてくれないの? とか。どうかこの子を助けてと、絶望した人に言われたら、断れないでしょ?』
『そうですね。断れないと思います』
『で、そのうち奇跡を起こす子がいるって、噂になってさ。行列とかできちゃったりするんだよ』
あり得ることだと、狐乃音は思った。
『私の力が、無限であればいいのですけど』
『恐らく、そんな事はないと思うんだ』
その証拠に、以前力を長時間使った際、狐乃音は疲れ果てて眠り込んでしまったことがある。
『ですよね。でも、安心してください。私は、そこまで思い上がってはいないですよ』
『それならいいけど』
そんなやりとりをしたものだ。
「狐乃音ちゃんごめん。前にあんなことを言っておきながら、助けてあげたいって思っちゃったんだ。無責任だって、わかってる。でも……」
「お兄さん、謝らないでください。そう思うのは当然ですよ」
偽善と呼ばれることかもしれない。けれど、それでもいい。
「困っている人を助けたいと思う気持ちも、私の事を心配してくれる気持ちも、どっちも間違ってなんていないです」
狐乃音は浮かない顔のお兄さんに、にっこりと笑顔を見せる。
「とにかくやってみますよ。写真、見せてください」
「ああ、うん」
狐乃音は手渡された写真をまじまじと見つめて、頭の中にイメージを思い浮かべる。
「ふぅぅ」
すーっと息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐いていく。目を閉じ、頭の中から全ての思考を排除していく。
暗闇が見えた。
誰かが泣いている? 違う。それは過去の話。泣いていたというのが正しい。今は、楽しそうに笑っている? もう一人、側に知らない女の子がいる。誰だろう?
多分、あっちの方向。森に囲まれた、誰も住んでいない家のお庭? 土の中? 安らかな息吹を感じる。ああ、大丈夫。生きている。早く助けてあげなければ。
「お兄さん」
「うん?」
「多分、わかりました。これから私が言うところに、つれて行ってもらえませんか?」
「わかった」
とにかく、出かけよう。
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