第四章 その二

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「いきなりのことで、みなにもいろいろ意見があろうが、新たな職はよくよく考慮の上のもの。国事多難の折、いつ御公儀より海岸警備などの命が下るか分からず、それに備えるため思いきった処置を取った。御伽衆だけでなく、奥御殿についても人員整理を考えておる。分かってくれ」  貴之の説諭に、座にある者達は誰もが声もなく平伏した。源次郎も平伏したまま、貴之の見事な処置にただただ恐れ入った。まさか由貴を湯治に出したのも、この日のためだったのだろうか。これですべてが、丸く収まった。 「花見を送別の宴と心得、今年はいっそう楽しいものとしようぞ」  奥から、表へ。これまでのように濃密な時間は持てないかも知れないが、そばにいられる。国を背負う凛とした姿を、間近で見ていられる。なんと名誉な役だろう。  これからもずっと、貴之とともに時を重ねていこう。  源次郎は改めて誓い、貴之のそばにいられることを本当に幸せだと思った。  咲き乱れる桜が、どこまでも続いている。  これから数日間、この付近には食べ物の屋台が立ち並び、領民の誰もが自由に花見を楽しめる場所になる。貴之が始めた、誇るべき施策の一つだ。  貴之は表小姓と御伽衆に囲まれて歩き、後ろには紀美を囲んだ奥女中達が続く。ここでの花見は領民達にとって、当主一家の姿を間近に見られる貴重な機会でもあった。貴之が参勤交代で国許にいない時には、人出が減るという。誰もが花よりも、一行の道行きに目を奪われている。 「よいよい、無礼講だ」  桜の下で宴を張っている集団があわてて平伏しようとするのを、貴之は笑顔で制した。集団の上座には琢馬がいる。どうやら琢馬の配下の者達の集まりらしい。 「行ってこい、お前の近所になる者達だぞ」  貴之が由貴を振り返って言った。由貴に与えられる屋敷は、すでに手廻組の者達が固まって住んでいる一角に決まっている。どこまでも細やかな心遣いだ。 「は、いや、しかし……」  さすがに由貴はとまどい、口ごもった。 「行け、お前は人づきあいが不得手でいかん。酒の力を借りて少しでもなじんでおけ」 「せっかくのおおせだ、行かれよ!」  なおも躊躇する由貴の背中を、田山が押す。その横にいる四郎は、さっきからはしゃぎ通しだ。琢馬が立ち上がって由貴を迎えるのを横目に、貴之はまた歩き出す。 「春が来たなあ」  先乗りしていた者達が待つ、一番見事な桜の前にしつらえられた席の前で立ち止まり、咲き誇る桜を見上げる貴之。
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