48人が本棚に入れています
本棚に追加
よく晴れた、あたたかな昼下がり。源次郎は貴之とともに庭に出て、ほころび始めた桜を眺めていた。風が心地いい。
「由貴に使いをやった」
陽射しに目を細め、唐突に貴之が言う。
「さようでござりますか」
貴之は機嫌よくうなずき、そばに置かれている縁台に腰を下ろす。そこにちょうどよく藤尾が茶を持ってきた。
「この桜も、うれしかろうなあ」
早速藤尾が持ってきた湯のみを手にしながら、つぶやく貴之。
「出番は、春だけでござりますからね」
「確かにな。花が散れば葉に虫がついて嫌われる」
屈託なく笑う貴之の横顔を、源次郎はうれしく眺めた。
とうとう、春が来た。由貴になんと言ってやったのか、貴之は言わない。それでも、貴之が誰にとってもいいように取り計らうだろうことは、疑いなかった。
もうしばらくすれば、桜も見ごろになる。
「花見を楽しみにしておれよ」
源次郎の心を見透かしたように、貴之が笑った。二人の頭上で、空は気持ちよさげに晴れ渡っている。
最初のコメントを投稿しよう!