第四章 その二

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 恒例の花見の日程が発表されたその翌日、突如御伽衆御殿の者達が招集された。  ついに、その時が来たのだろう。主だった者達が勢ぞろいした広間で、最前列の端の方に座った源次郎は、緊張しながら貴之が現れるのを待った。  隣で四郎はそわそわと落ち着かず、さらにその隣にいる由貴は目を閉じて微動だにしない。  台所役人の頭など、御伽衆だけでなく奥向きに関係する者達が大方呼ばれていて、いったいなにが沙汰されるのか、座敷中に不安と疑問が満ちている。  やがて衣ずれの音をさせ、御伽衆頭の田山が現れた。いっせいに会釈をする一同に、田山は緊張のせいか青白く見える顔で返す。その懐には、これから読み上げられるだろう書付。 「殿のお成りである」  田山の大声が響き、一段高い上座に貴之がついた。 「本日は重要な御沙汰ゆえ、まずそれがしが御沙汰書を読みあげ、そののち殿直々にお言葉をいただく。心せよ」  平伏する者達の中で、一人田山だけが立って、うやうやしく沙汰書を掲げて読み始めた。 「この度家中に問題山積し、しかのみならず日本国全体が国難に直面致しおり候折柄、五月十五日をもって御伽衆を廃す旨、一同に申し渡すものなり」  場は当然、騒然となった。あまりにも思いがけなく大胆な決定に、源次郎は言葉を失う。しかしそっと貴之の表情をうかがっても、一同を見渡しているその瞳はどこまでも静かだ。 「この御決定に際し、みなにはそれぞれ新たな職が与えられる。もはや御奉公がならぬということではない、安心いたせ」  そう言って田山は、ひときわ大きな声で人事について読み上げ始めた。  御伽衆頭だった田山は小姓頭。源次郎は表小姓、四郎は御手弓頭。つまりは弓が得意な四郎をのぞいて、ほとんどの者が変わらず貴之のそばに仕える職に就くということらしかった。 「以上、なおいっそうお勤めに励むべき事。詳しくは、各人に追って沙汰する。最後に、大久保由貴殿」  ははっ、と鋭く応えてかしこまる由貴。そういえば、由貴だけが新たな職を与えられていない。源次郎は思わずちらちらと由貴の横顔を盗み見たが、その表情は動かない。その静けさは、貴之と同じものだった。覚悟を決めた者のみが持つ静けさなのか。 「その方、十年の間よく御伽衆の職を全うし、またかねて病気療養中の身なれば、土地屋敷を下され、今後は年二十両の隠居料を与え、隠居を差し許すものとする」 「ありがたき幸せにござりまする」  朗々とした声。その余韻が消えるのを待っていたかのように、貴之がおもむろに口を開く。
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