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……最後に一度だけ、平取千都香として壮介に会って別れたかった。きちんと礼を言い、挨拶もして、弟子としてのけじめを付けたかった。
次に会う時は、千都香は壮介のただの知り合いになっているか、壮介の友人のパートナーになっているか、おそらくそのどちらかになるだろう。
「お元気でご活躍を」
「……あ?」
神妙に千都香の挨拶を聞いていた壮介が、不意に訝しげな声を上げた。
「はい?何か?」
頭を上げかけた千都香の首の後ろを、壮介が眉を顰めて指差した。
「そこ、また赤くなって無いか?」
「えっ?……あ!毅さんの」
この前、毅の近所で触ってしまった漆のせいかも──そう言いかけて、口をつぐんだ。
最後まで漆にかぶれたどうしようもなく不出来な弟子として、壮介の記憶に残りたくは無い。
「……毅?」
「違いますっ!」
壮介の呟きを、千都香は慌てて遮った。
「何でもっ!何でも無いです、別に全然痒くもないし……っ?!」
こうなったらさっさと帰ってしまおうと、千都香は壮介の前を横切りかけた。
「お邪魔しました、さような」
「待て」
すると突然後ろから止められ、全く予想していなかった感触が千都香の項を啄んだ。
「えっ?!え、なにっ……ひゃ……」
最初は微かに触れた何かは、次第に大胆になって行った。執拗にそこを吸い、啄み、舐めては吐息を触れさせて、千都香の芯を震わせた。
千都香は振り向くことも出来ず、声も出せなかった。
これは、自分の隠れた願望が見せている幻だ。振り向いたら、何事も無かった様に消えてしまうだろう。
「……っ……んっ……」
「……奴が付けたのか?」
「え?あ……」
耳元で囁かれた言葉の意味が分からない。
回らない頭で考えていたら、体に腕が回された。着物を着ているせいで行き場が無かったのだろう。手はしばらく帯の上をさまよって、偶然千都香の胸に触れた。
「ぁあんっ!……え、やだ!やだっ、違いますっ、ごめんなさぃ……え?……えっ……ぁ」
触れられて変な声を上げてしまった千都香は、何故か反射的に謝った。誰が悪い訳でも無い。強いて言えば、帯が悪い。
千都香の謝罪をどう受け取ったものか、手は明確な意図を持って千都香に触れ始めた。
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