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「……まるで、私が、毛虫みたいに、」
「バカかお前は!?」
千都香の戯言への壮介の驚きは、限度を越えて怒りに変わった様だった。一瞬きつく抱き締められたが、恐らく千都香を咎めようとしての事だろう。
「んな事したら、かぶれんだろうが!!」
「かぶれるほうがいいっ……」
「はぁ?!」
千都香は、壮介を見上げた。溜まり始めた涙のせいで、どんな顔をしているのかよく見えない。あんな声を出すくらいなのだから、きっと呆れているのだろう。
それならもう、いくら呆れられても構わない。
「触ってくれなくなるくらいなら、かぶれる方が、全然いいですっ!」
「お前、そんな訳、」
「……なのに、なんでっ……」
千都香の目に、涙が急に盛り上がる。しゃくりあげそうになって、口から言葉を出せなくなった。
「おい、泣くな」
壮介の声が、慌てている。
千都香は壮介に回した手を解いて、指で涙が零れない様に拭った。
「漆が付いてるか分からない手で、お前に触れる訳が無いだろ。かぶれたら、お前が辛いんだぞ」
「つらくなんか、ありませんっ……」
「この前の夏、辛かっただろうが。……お前が苦しむ事なんか、誰がしたいと思うかよ」
壮介は千都香を緩く抱き寄せて、背中をとんとんあやす様に叩いた。
「毛虫つったな。俺は漆が生業だ。手で触ってもなんともねぇから、知らねぇ間にどっかにつけても分からねえ。そんな手で、お前に触れると思うのか?」
そう言うと壮介は、千都香の頭の上で溜め息を吐いた。額に唇が押し当てられて、そのままそこで話し始めた。肌に息がかかるくすぐったささえ千都香にとっては嬉しくて、新たな涙が滲んでくる。
「お前が毛虫なんじゃねえ。俺がお前にとっての毛虫だ」
「違いますっ……先生は」
その後の言葉が、続かない。何を言っても、困らせそうだ。壮介の口調は頑なだった。
どうしたら自分の気持ちを分かって貰えて、我が儘を許してくれるのか。こういう時に使う手管も思いつかない千都香は、壮介の腕の中で途方に暮れた。
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