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「……ここは、駄目だ」
諦めた様に、壮介が言った。
「納戸で待ってろ。手ぇ洗って、鍵閉めてくる」
そう言うと、そっと髪の表面だけに触れた。
自分の我が儘を、壮介は許してくれたのだ。喜びが、ふわふわと膨らんだ──だが、突然の幸運を信じ切れない気持ちがそこに水を差す。
「……ちゃんと、戻って来てくれる……?」
叶えられた望みが分不相応過ぎて、千都香は逆に不安になった。離れたらそこで終わってしまう様な気がして、千都香は壮介の袖の端を摘まむ。
「戻って来るに決まってんだろ。納戸で大人しく帯でも解いとけ、邪魔になる」
「ん」
さらりと髪を撫でられたのが、くすぐったい。言われた言葉の先に有るものを勝手に思い描いてしまって、千都香の胸はきゅんと疼いた。
玄関に降りた壮介を見送り、納戸に戻る。
帯締めに手を掛けて結び目を解くと、紅型の帯がぱらりと畳に流れて落ちた。自分を縛っているものが自分の手で、ひとつひとつ床に落とされていく。
帯を解き終えて伊達締めを外した所で、納戸の入り口がぎしりと鳴った。
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