継承、マスクライザー

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 僕の父さんはヒーローだった。  僕が生まれる前から、30年近く続いている特撮ヒーロー番組「マスクライザー」シリーズ。父さんはその初期の傑作とされる「マスクライザー・クォーク」の主演に抜擢され、俳優デビューした。  父さんの演じたどこかひょうひょうとしたキャラクターは大人気となり、番組が終わった後もドラマや映画に引っ張りだこになった。  今では中堅実力派俳優として、主演作が海外の映画祭にノミネートされたり、いくつも映画賞をもらったりしている。その面では自慢の父親と言っていいだろう。  だけど──  初めて母さんに「マスクライザー・クォーク」のDVDを観せてもらった時のことは、今でも覚えている。5歳の頃だった。  オープニングで、いっぺんに心をつかまれた。かっこよくて、謎めいていて、ドキドキする。そして、キャストで一番最初に出て来るのが「マスクライザー・クォーク/三条雄大 小野寺潤也」という、主人公と主演俳優、つまり父さんの名前だ。  マスクライザーの敵は、人の悪意を形にする。日常のちょっとした悪意をふくらませ、動植物の能力を持たせた怪人として世に放つ。  それを倒すのがマスクライザーだ。しかし、マスクライザーであっても人間である以上、悪意を捨て去ることは出来ない。それに捕らわれてしまうと、マスクライザー自身も怪人と同じものになってしまう。その危うさも魅力だ。  もっとも、この頃の僕には難しいことはわからなくて、ただヒーローのかっこよさに胸をときめかせていた。 「ほら、あれがお父さんよ」  母さんが画面を示した。若い頃の父さんがポーズを取り、叫ぶ。 『転身! マスクライザー!』  マスクライザーも、マスクライザーに変身する父さんも、僕にとってはヒーローだった。 「僕の父さん、マスクライザーなんだぜ!」  小学校に上がると、僕はクラスの連中に自慢した。大抵はみんな「すごーい」とか言ってくれたが、それを面白く思ってない同級生の一人が言った。 「でもさー、小野寺の父さん、マスクライザーに出てたの黒歴史にしてるんだろ?」  父さんは出演作の宣伝でバラエティ番組にも色々出ていたし、雑誌なんかにも載ることは多かったけど、インタビューなどでマスクライザーのことを言ったことは一度もなかった。  だから、ネットなんかではよく言われていた──「小野寺潤也は、マスクライザーに出演していたことを黒歴史にしている」と。人気俳優になった今、子供番組に出ていた過去をなかったことにしているんだと。  反論したかった。でも、家でも父さんはマスクライザーのことについては一切話をしなかった。僕が夢中になってるのは知ってるのに。  そう言えば、マスクライザーの10周年・20周年の記念作品にも、父さんは出演していない。  やはり、父さんはマスクライザーを黒歴史にしてるんだろうか。何だかもやもやしたものを感じながら、僕は成長して行った。 「やっぱ、すげえなあ……マスクライザー・クォーク」  何度目になるのかわからないマスクライザーのDVDを観ながら、僕は言った。大きくなって観ると、小さい頃にはわからなかった物語の深さも見えて来る。  でも、僕が今これを観ているのは、決して楽しむ為ではない。  父さんの後を追うように、僕は高校生の頃に芸能事務所に入り、俳優になった。父さんは僕には俳優になって欲しくなかったようだけど、押し切った。  演技やダンスのレッスンを受けたり、演出家のワークショップに参加したりして下積みを重ねていた時、事務所から連絡が来た。──来年度の、マスクライザーの主演オーディションを受けてみないかと。  思わず手が震えた。  僕が、マスクライザーになる。いや、まだなれるとは限らないけど、そのチャンスが回って来たんだ。  不安はあった。僕がマスクライザーに出演することで、親の七光りだと思われるんじゃないかとか、そもそもマスクライザーという特撮ドラマ界の大看板を背負う重圧に耐えられるのかとか。  それで、改めて無心にマスクライザーという作品に向き合ってみようと、「マスクライザー・クォーク」のDVDを一気見していたのだ。  観てみると、初めてマスクライザーを観た時のわくわくした気持ちが僕の中によみがえって来た。 (やはり、僕はマスクライザー・クォークが好きだ)  改めて思った。僕はマスクライザーになりたい。  ディスクが終わり、一段落ついたのでお茶でも飲もうとキッチンに行くと、ばったり父さんと出くわした。映画のロケが終わり、今日はオフらしい。ティーパックのほうじ茶を淹れながら、僕は何気なさを装って言った。 「父さん。僕、事務所からオーディションを受けないかって言われたんだ。……マスクライザーの」  父さんがこちらを見た。 「父さんがマスクライザーのことをどう思ってるのかは知らないけど──僕は、オーディションを受けてみたい。……マスクライザーに、なりたい」 「……そうか」  父さんは映像の中の主人公のように、ちょっとのほほんとした声音で言った。 「──俊也。父さんの部屋に、来るか」  父さんの部屋の壁に作りつけられた本棚の真ん中を、左右に開く。この本棚が二重の棚になっているなんて、初めて知った。  奥の棚にあったのは、マスクライザーのDVD、おもちゃ、そして50冊以上の使い古した台本。めくって見ると、びっしりと書き込みもされている。 「これは俺の原点だ。一生の宝だよ。今でも迷った時は、これを見て初心に戻ってる」 「じゃ、黒歴史とか言われてるのは……」 「取材を受けてる時は、新しい作品をアピールするのが本筋だろ? タイミングってものもあるし。……それより、マスクライザーの撮影は大変だぞ。朝は早いし、アクションはきついし、覚えることはたくさんあるし」  そう言う父さんの口調も表情も、言葉と裏腹に愛情に満ちている。なんだ、父さんもマスクライザーが大好きなんじゃないか。好きすぎて、ちょっとやそっとじゃ語れないんだ、きっと。 「大丈夫だよ」  僕はきっぱりと答えた。僕も、マスクライザーが大好きだから。  その日、僕と父さんはマスクライザーについて語り明かした。      ◇ 「それでは、新たなマスクライザーの主演俳優を発表します。マスクライザー史上初、親子でマスクライザーを演じることになりました、小野寺俊也さんです!」  万雷の拍手と共にスポットライトが当たり、フラッシュがたかれる。あふれる光の中で、僕はポーズを取って叫んだ。 「転身! マスクライザー!」
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