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心臓が嫌な音をたてた。思わず足を止めて、トレッキングバイクから降りる。バイクを歩道に置き、路地へ駆けた。
何も考えられなかった。ただ震えそうな足を動かす。
陽弥の他に気がついた人はいない。
路地に着いて陽弥が目にしたのは、うつ伏せに倒れた青年と、その腕を持って奥へと引きずっている男だった。
相手と目が合う。30代に見えた。タトゥーが顔に入っている。
予想外の状況に、呆然とした陽弥の口が、布で覆われる。
一瞬だった。誰かに羽交い締めにされている、とわかった時に、意識が途切れた。
***
目を開けると、知らない部屋にいた。
手と足を縛られている。朦朧とする意識の片隅で、絨毯の上に寝ているのがわかった。
うまく頭が働かない陽弥は、ただ呻き声をあげることしかできない。
「起きたか」
誰かの声がした。英語を理解することが難しくなっている。
「おい、起きたぞ」
男がドアを開けて部屋の外に顔を出すのを、ぼーっと眺める。
すぐに別の男が入ってきた。
二人の目が、陽弥の頭から足先までを何度も往復する。
後から入ってきた男が口を開いた。
「アジア系は若く見えるから、16歳ってことにして未成年が好きなやつの相手をさせよう。ちょうどこの後、そういう男が来る」
「でも抵抗されねえか?そろそろ薬も切れてくるし」
「あれ飲ませとけ」
会話は終わったようで、後から入ってきたほうが出ていった。
陽弥はただぼんやりと目を開けている。
近いところでがさごそと音がした。
ふいに顎をつかまれ、口を開けさせられた。抵抗できない陽弥の口に、錠剤が入れられる。
口内で薬が溶けていくのがわかった。ただ、くらくらとする頭では、それが何を意味するのかはわからなかった。
男の手に口を閉じられて、朦朧としたまま唾液を飲み込む。
喉の動きを確認した男が手を離した。
「外から鍵をかけるから逃げられねえぞ。わかったな」
低い声で釘を刺すように言って、男は部屋から出ていく。
しばらくすると、だんだん意識がはっきりしてきた。考える、ということをできるようになりはじめる。懸命に自分に何が起きたのかを思い出そうとする。
部屋の外が騒がしくなったのはその時だ。
怒声や、物が倒れる音などが次々に聞こえてきた。
何が起きているのかわからないまま、陽弥はとにかく起き上がろうとする。けれど縛られた手足ではうまく動けなかった。
しだいに音の数が減っていき、何も聞こえなくなる。
不気味なほど静かになった時、鍵がかかっていたはずのドアが開いた。
背の高い男性が入ってくる。見るからに質の良いスーツを着た、端正な顔立ちのその男は、陽弥に気づくと駆け寄ってきた。
陽弥はぽつりと名前を呼ぶ。
「レニー……」
かすれた声が出た。
「ハルヤ、大丈夫か?」
レニーは陽弥の手足を自由にしていく。彼のシャツには血が付いていた。
「レニー、怪我してるの?血が付いてる……」
ゆっくり喋る陽弥から目を外して、彼は自分のシャツを見た。
「これは俺のじゃない。……ハルヤ、無事でよかった」
逞しい身体に抱きしめられる。温もりに包まれると、一気に安心感が胸を満たして、ああ、もう大丈夫だ、と目を閉じた。
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