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「本当に泊まっていかなくていいのか?」
「うん、そこまでお世話になるわけにはいかないから」
「気にしなくていい。むしろ、ハルヤの世話ならたくさんしたい」
思わず言葉が詰まった。無表情で言うものだから冗談かどうかわからないが、特別だと思ってもらえているみたいで嬉しくなる。
陽弥は車の中にいた。昨日も乗った高級車は広々としている。
レニーの家から出て、十五分程度だろうか。窓の外の景色は見慣れたものになっている。昨日は車に長く乗っていた気がしたが、案外自分の知っている土地から近いようだった。
ふいに髪を触られて、レニーの顔に目をやる。自分と似ているようで、どこか違う色の瞳が、じっとこっちを見ている。
優しい手つきで髪を梳かれた。強靭な身体は、本能を揺さぶるような色気をまとっているのに、触れてくる手はどこまでも優しくて、胸が苦しくなる。
無言のままレニーは手を滑らせると、頬を撫でた。整った顔に穏やかな色が浮かび、心臓が早鐘を打つ。
レニーは心配してくれて、泊まっていったらどうだと何度も言ってきたが、僕の心臓が持ちそうにない。それに一度しっかり考えたいこともあった。
レニーの手は頬を数回撫でて離れた。
落ち着くためにこっそり息を吐いてみたが、胸の音はなかなか静かにならない。
***
「ハルヤ、これをお願い」
ロバートがいつものタンブラーを差し出した。けれど陽弥は、まるで聞こえていないかのように、ぼんやりとしている。
「ハルヤ?」
「っ、すみません」
はっとした陽弥が慌ててタンブラーを受け取った。
ロバートは眉尻を下げて心配げな顔をする。
「大丈夫かい?やはりまだ休んでいたほうがいいんじゃないか?」
「いえ、もう大丈夫です。ちょっとぼーっとしちゃっただけですよ」
安心してほしくて微笑んでみせた。けれど、ロバートは心配そうにしている。
別の店員がロバートを呼んだ。彼は、「なにかあったらすぐに言ってくれ。いいね?」と陽弥を気にしつつ離れていく。
申し訳なさを感じながら、タンブラーを紙袋の底のカップトレーに入れた。
メッセージカードを取り、ペンを握る。
いつもの動作だった。
今日は何を書こう、とレニーを思い浮かべる。
出会った日から、先日家に送り届けてくれたレニーとの思い出が、頭の中を流れた。そういえば、はじめは彼が少し怖かったなあ、と口の端がゆるく持ち上がる。
手が動いていた。ペンがカードの上を滑る。
書き終えた陽弥は、カードに綴った言葉を眺めた。
『あなたが好きです』と書いていた。それを目にした瞬間、漠然としていた思いが固まった気がした。
レニーが好きだ。無表情の中に浮かぶ穏やかさや、静かな優しさ、実直な性格、頭を撫でる手、「ハルヤ」と呼ぶ低い声、すべてが好きだ。
いつ恋心を抱いたのかはわからない。今思えば、初めて会った時からすでに小さな恋心が芽生えていたのかもしれない。そうじゃなければ、助けに来てくれた時か。
いつからかはわからないが、僕はレナード・ディックスという一人の人間に恋焦がれている。
でも、と陽弥の顔に影がさす。
でも、気持ちを伝えても困らせてしまうかもしれない。同性は恋愛対象じゃないかもしれないし、今の友達という関係が崩れるのは怖い。
迷う陽弥がカードに目を落としていると、前に人が立った。
「おはよう。いつものもらえる?」
レニーの美しい秘書が立っていた。
陽弥は慌てて挨拶を口にする。そして焦って気がつかないまま、カードを紙袋に入れてしまった。
「どうぞ」
「ありがとう」
もうチップはいらないよ、とレニーに言ったため、今日は秘書が去っていくのが一段と速い。
秘書は颯爽と店内から出ていき、カードと共にレニーのもとへ向かった。
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