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彼女は何者?
「開拓団の一員の癖にサボるなんていい度胸ね?早く!作業に戻るわよ」
彼女は訳のわからないことを捲し立てる。開拓団?作業?僕は後退りして彼女から逃げようとする。
「待ちなさい!あなた誇りはないの?開拓団の一員として、一日も早く水路を作り上げる。みんなそのために歯をくいしばって頑張ってるのに、石を投げて油売ってるなんて許せない!」
彼女は詰めよってくる。よく見ると僕より少し若い女の子のようだ。
「つかぬことをお伺いしますが開拓団ってなんですか?」
やっと言葉を繋ぐと、
「すっとぼけても無駄よ。開拓団に選ばれて、遠路はるばるこの地に来た人は、みんなこの地に豊かな農地を作り上げる覚悟をしてきたでしょ?仕事サボって遊んでるなんて開拓団の風上にも置けないわ」
開拓団…。ああ、あれか。那須の開拓の歴史は小中学校で習った覚えがある。でも、なぜこの女の子はこんな古臭い格好で、2019年の今、開拓団の仕事をサボるな。こんなことを言うのか。
開拓団にいた女の子の幽霊…。これが一番しっくりくる結論なのだけど、彼女は足もあるし、透けてもいない。試しに僕は、
「君の名前を教えてくれる?」
「竹、おタケって呼ばれてるけどあなたは?」
「譲、人にものを譲るって漢字あるよね?あの字」
「字なんか知ってるって、あなたいいとこのお坊ちゃんか…。いいわよね。いいとこのお坊ちゃんはお屋敷でじいやばあやに甘やかされて遊んで暮らしてるんでしょ。さっさとお屋敷に戻りなさいよ、嫌味ったらしい」
彼女はプイっと横を向いてふてくされている。名前は竹でおタケって相当古い名前だし、字を知ってるだけで御曹司扱い…。
まさか彼女は過去から現在にタイムスリップしてきた?僕は学校で習った開拓団の歴史を思い浮かべる。
江戸時代も那須の開拓は試みられたが、水路を作っても水を吸ってしまう土地の性質のせいで、なかなか上手くいかなかった。
それが江戸から明治になって、将軍がトップの政治が終わり政府が作られた。藩は県に変わり、県令が置かれた。その県令と地元の名士の矢板さんと印南さんが手を携えて、那須の開拓事業を進めていく。
彼女がいう開拓団の誇りとは、その当時募集された入植者のことだと考えるのが妥当だろう。明治になると学制が整い出したものの、尋常小学校すらまともに通えない子も多かったはずだ。
僕は恐る恐る聞く。
「今は何時代か、元号は分かるかい?」
彼女は僕を睨み付けて、
「馬鹿にしないで!学校に行けなくたってそれくらい知ってるんだから!明治よ!」
僕は予想が当たっていたことに愕然とする。彼女は明治時代から令和元年、西暦2019年に時空を超えてやってきたというのか?
言葉を選びながら僕は彼女に話しかける。
「今の元号は令和だよ。君は過去から未来に時を越えてやってきた。変な光に包まれたとか、空を飛んだとか普段とは違う出来事に何か心当たりはない?」
彼女は心底軽蔑したような顔で、
「あなた、疲れてるの?いいとこのお坊ちゃんなのにね。お屋敷でじいやとばあやにも嫌われて外をぶらぶらしてるの?ごめん、疲れてる人には優しくしてあげなって、おっかあに言われてるんだ」
同情された…。まあ、彼女にタイムトラベルの自覚がないなら仕方ない。ちょっと荒療治たけれど、現代の世界を見せて今は明治じゃないと教えるしかなさそうだ。
僕のそばにあるロードバイクひとつとっても明治の世には無い物だからそれでも十分だけれど、せっかくなら車が走りアスファルトの道路が整備された現代の那須の地を彼女に見てもらいたい。
開拓団に誇りを持っている彼女なら、後世那須がこれだけ発展したことを喜んでくれるだろう。
「なあ。これ分かるかな、自転車。二人で乗れないタイプだから後ろに乗せてあげられないし、二人乗りは危ないから出来ないんだ。俺と町をちょっと眺めないかい?」
ロードバイクを後ろから前に押し出すと、彼女は物珍しそうにしげしげと見てから、
「いいとこの坊ちゃんは何でも買ってもらえていいな。おとうもおっかあも苦労してるからわがままなんて言えない。町をふらふら歩いてる暇なんてないよ」
シュンとうつむくので、僕は自転車に鍵を掛けて、彼女の手を取って歩き出した。
「やめてよ。いいとこの坊っちゃんと違って遊んでる暇はないの」
「君は作業場に戻れない。僕があれこれ言うより、町を見た方が早い」
僕は強引に彼女の手を引いてゆっくり歩く。速い速度で歩くのは僕の体に悪いし、もし僕が走れる体だとしても、女性を走りながら引っ張ったら不審者に見える。
川辺から離れてアスファルトの道路に切り替わった辺りで彼女も異変に気がついたようだ。地面にしゃがみ込んで、手のひらで道路をべたべたと触る。
「何なの、これ?」
「アスファルト。道を舗装して車が走りやすくしてある」
「荷車のためにこんなことまでするの?」
彼女は自動車を知らないらしい。
ちょうど広い道路が見えて、そこを自動車、軽トラックが走り抜ける。彼女は瞬きを何回もして、
「今のは物の怪?」
不気味がっている。
「今のは人を乗せて走る車だよ。広い通りに行けばもっとたくさん走ってる」
心細そうな彼女の手を引いて歩き続けると、標識の青い看板、自動車、コンビニエンスストアの建物、ありとあらゆるものを見て彼女が愕然とする番だった。
「ここはどこ?あの世?」
「違う、未来。明治よりずっと先の世の中」
「そんなおかしなことあるわけない」
「普通はね。おタケちゃんは何か思い出さない?ここに来る前にいつもと違う出来事がなかった?」
おタケちゃんは少し考え込んでから、懐から何かを取り出す。
「作業場に行く途中、藪の中でこれを拾った。そしたら、目の前に青い光がわーって広がった」
おタケちゃんが見せてくれたのは、青い石がついたペンダントのようなものだった。
「綺麗だね。おタケちゃんに似合うと思う」
「綺麗だけどこんな石じゃご飯は食べられない。でも高そうな物だからもし高く売れば食べ物に代えられると思った」
「親思いなんだね、君は」
「だけど、おとうもおっかあも曲がった事は嫌いだから怒られるかもしれない。それに、拾った物を売ろうなんて思ったから神様の罰が当たったんだ…」
おタケちゃんは昔の人だから悪いことをしたら神様の罰が当たると思っているのだろう。今時小学生でも神様の罰が当たるなんて信じてる子どもは少ないだろう。
「それは違うと思うな。神様は困ってる人の味方だから、おタケちゃんが親孝行しようとしたことを怒ってないと思う」
「それならいいけれど…。どうやったらおとうとおっかあの所に帰れるんだろう?」
おタケちゃんは泣き出しそうな顔をしている。
僕はあることを思い出した。親戚の叔母さんがこの近くに住んでいる。ちょっと変わり者で、UFOとかツチノコとか宇宙人とかそういう変な雑学が好きな人。あの人なら、タイムトラベルについて何か知ってるかもしれない。
「僕の親戚に不思議な現象に詳しい人がいる。その人に話を聞いてみようよ。僕の自転車を一度取りに行きたいんだけどいいかな?」
「坊っちゃんの親戚は先生でもしてるの?」
「まあ、先生といえなくもないかな?」
苦笑いで答えて自転車を取りに戻って、それから叔母さんのスマホに電話してみる。おタケちゃんは、スマホを見て驚いてビクビクしている。
叔母さんは変わり者だから僕が要点をまとめてこの事態を伝えると、
「譲、なんて興味深い!私に任せて。それにその女の子がもし過去から来たのなら住む家も仕事もないのよ。うちでしばらく預かるわ。ご飯用意しておくから」
疑いもせず、むしろ不思議な現象に首を突っ込むのが楽しそうにしている。
こんなんだから、叔母さんは独り身なんだよ…。五十代にもなって超常現象の研究を趣味にしてるから男が寄り付かない。
まあ、普段は本当に小学校の先生をしてるから稼ぎは良いし、頭も良い、ただ趣味の研究がまともな男を遠ざけてる。超能力とかタイムトラベルの研究してるなんて、婚活で言ったらもうその時点でアウトだろうな。
でも、その叔母さんが頼りになりそうだ。
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