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教授は宇宙人がお好き
おタケちゃんはしばらく叔母さんの家に居候することになって、俺は家まで叔母さんの車で送ってもらう。
明治時代からタイムトラベルしてきたおタケちゃんを叔母さんの家に一人残す訳にはいかないので、今、車の中でおタケちゃんも一緒にいる。おタケちゃんは車をまるでジェットコースターのように怖がってワナワナと震えている。
着物にもんぺじゃ不味いので叔母さんの服をおタケちゃんは借りている。でも、よりによってバブルファッションってどうよ。
肩パッドがごっつい真っ赤なジャケットに、同じ色のミニスカート。おタケちゃんは借り物だから文句を言えないみたいだけれど、叔母さんがおタケちゃんに似合う似合うとご満悦な毛皮のコートを、膝から下を隠すために膝掛けのようにして使っている。
そら、あの時代の人にミニスカートとか可哀想だろうよ。
「譲。あんた土日は休みよね。教授にメールしたら来週の土曜ならOKていうから、土曜は宇都宮に行くけど一緒に来られる?」
「だいじ(大丈夫)だけど、その教授って信用出来る人なの?」
「だいじに決まってるでしょ。宇都宮で大学教授してるんだから」
「宇都宮って何大?」
「私の母校のA大。私は教育学部卒だけど、教授は工学部」
「へえ、頭良い癖に変な研究してるんだ」
「変とは何よ?まだ科学で解明出来ないことを研究するのは研究者として当然のことでしょ?」
「ハイハイ、そうですね。宇都宮に行ったら餃子食べたいな」
「まあ餃子くらい奢ってあげてもいいけど、超常現象信じてない譲は自腹。おタケちゃんには奢ってあげよう」
「それ酷くね?半信半疑なだけだよ、ただ。それに俺も働いてるから餃子くらい自腹でいいですー」
「素直じゃないわね。そんなんだから彼女が出来ないのよ」
「五十を過ぎて独身の叔母さんに言われたくありませーん」
「まあ、本当に可愛げのない。あんたもあっという間に五十になるわよー」
掛け合い漫才みたいなやり取りに、車を怖がっていたおタケちゃんが笑い出した。
翌週土曜日。俺は迎えに来た叔母さんの車に乗っておタケちゃんと三人で宇都宮に向かう。
おタケちゃんの服はバブルファッションから、最近の若い女の子みたいな、ダボッとしたロングカーディガンにガウチョパンツという、現代でも通用する服に変わっていた。
叔母さんは嬉しそうに、
「娘が出来たみたいでもう可愛くって。もっと女子アナみたいなガーリーな服がいいって言ったんだけど、おタケちゃんは自分が向こうで着ていた服と似てる方が落ち着くって言うから」
おタケちゃんは助手席から叔母さんの方を見て、
「お世話になってるのにわがまま言ってすみません」
ペコリと頭を下げる。叔母さんは、
「なにいってるの。料理、洗濯、掃除、全部現代の機械の使い方を覚えてやってくれるんだもん。洋服くらい当然のお礼よ」
目尻を下げて微笑む。僕が笑うとシワが目立ちますよと言ったら、車から放り出されそうなので黙っておいた。おタケちゃんは、
「洋子叔母さんは学校の先生のお仕事で疲れてるから、居候の私が家の事をするのは当たり前です」
真面目に言うものだから、
「うちの甥っ子とは大違い、本当におタケちゃんは良い子ね」
バックミラー越しに俺を皮肉ってくる。
「そうですね、出来が悪い甥っ子ですよ、どうせ」
僕は横を向いてスマホにイヤホンをつけて音楽を聞き始める。
新4号線を走り続けて宇都宮に入ると、宇都宮の郊外のA大学の門の所で、守衛さんに何か確認してもらって叔母さんは、校内の駐車場に車を停めた。
A大学の建物の中を歩き、階段を上がり『横島研究室』と書かれたプレートのある部屋に僕たちは入る。
「やあ、笹原さん久しぶりだね。その子かい?タイムトラベルしてきたのは?」
大学教授というよりは山小屋の主人といった方がしっくりくるような、日焼けした顔、伸ばしてひとつに束ねた髪、無精髭のおじさんが僕たちを迎え入れた。
「ええ、横島さんならキーアイテムについてもっと詳しく調べられると思ったから」
叔母さんはおタケちゃんから預かったペンダントを教授に渡す。教授は本格的な顕微鏡に向かう。そしてしばらく研究室は静寂が支配した。
教授はひとつ咳払いをしてから、
「笹原さん…これは…。これは、地球上の物質ではない。もしこの石を私が学会で発表したら一気にノーベル賞が取れるよ」
アンビリバボーとでも言いたいような表情で目を見開いている。叔母さんは予想が当たったとでも言うように、
「やっぱりそうだったのね。素人が手に入れられる顕微鏡だから解像度に限界があるのかと思ってたけど」
興奮しながら教授に駆け寄る。教授はニッコリ笑って、
「でも私はノーベル賞よりも、この子が元の時代に帰る方法を探す研究の方が興味がある。ノーベル賞のために論文を書いてる時間はない。親に楽をさせてあげられるかもしれないから、拾った宝石を売って生活費にしようなんてね。現代の子は考えもしないだろう。この子のひたむきな心に研究者として全力で応えたい」
「そう来ると思ってた。横島さんならこの子を元の時代に返す方法を一緒に探してくれるはずだって」
叔母さんも笑顔で横島さんの肩を叩く。
このおじさん、山男みたいな見た目だけど、めっちゃいい奴じゃん。ノーベル賞が見えたら普通はそっちに心を持ってかれるよ。誰だって地位と名誉とお金が欲しい。それは明治も今も変わらないと思う。
叔母さんだってノーベル賞を取る研究者に協力した人間として有名になれるチャンスなのに、おタケちゃんのことを一番に考えてる。ぶっ飛んだ親戚だと思ってたけど、こんなに思いやりのある人だったのか。
おタケちゃんは、
「私は帰れそうですか?」
すがるような目で二人を見ている。
横島さんが、
「君が元の時代に帰るヒントを、つまり手がかりを探すために幾つか聞きたいことがある。この石を拾う前にお化けや幽霊、人ではないような物を見たことはあるかい?」
おタケちゃんは記憶を探りながらしばらく考え込んで、
「お化けとは違う、なんか頭がまん丸で和尚さんみたいな幻をこの石を拾う前に見ました。あの朝作業場に向かうときに、前を和尚さんが歩いてると思ったら、和尚さんは空をすーっと上がっていた。そして、空には大きくて、べたっちい、ねずみ色の丸い餅みたいな物が浮かんでた。和尚さんみたいな何かがそれに呑み込まれたと思ったら、急に空を泳ぐみたいにものすごい速さで消えていきました」
叔母さんも横島さんも僕も静まり返ってしまう。それは宇宙人とUFOでは?ネッシーもツチノコも信じない僕でもそう思ってしまう。
横島さんは感慨深そうに言う。
「間違いない、宇宙人が地球にやって来たんだ」
叔母さんも感嘆しながら、
「時空を越える技術を持った宇宙人ね」
のぼせるように言う。横島さんは深刻そうに、
「彼らに敵意や侵略の意図があるとすれば私たちの文明では到底敵わない。しかし、彼らがこのペンダントを落としたのがただのアクシデントなら、我々の生活は脅かされない」
ひとつひとつの言葉をゆっくりと言う。叔母さんも眉間にシワを寄せて、
「おっちょこちょいな宇宙人が落とし物をしただけだと願うしかないわね」
ため息をつく。地球の人間より優れた科学技術を持つ宇宙人。確かに彼らが侵略するつもりなら、勝てないだろう。横島さんは、
「一度彼女が現れた場所に行ってみよう。何か手掛かりが残されているかもしれない」
「そうね、蛇尾川で譲と会った場所に行ってみましょう」
おタケちゃんは小難しい話は分からなくても、自分が意図せず時空を越えてしまったあの蛇尾川に行くという提案には、
「あの川に行けば何かまた思い出すかもしれません」
そう言って同意した。僕は異論があるはずもなく、僕とおタケちゃんを乗せた叔母さんの車の後を横島教授が追いかけるような形で那須にトンボ帰りすることになった。
餃子を食べ損ねたと思ったけれど、途中のコンビニエンスストアで、燃料を補給するためだけに、急いで食事をしている横島教授と叔母さん、おタケちゃんを見たら、餃子のぎょの字すら冗談でも言えない空気だった。
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