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現地調査
再び蛇尾川に戻ってきた僕たちは、水の無い川を丹念に調べる。
おタケちゃんが現れた場所を調べていると、横島教授は車に積んでいたスコップを持ち出して、砂利と石の間を掘っていく。
「この砂の成分を調べてみよう」
教授は車のバッテリーから電源を取り、何かの装置を動かしている。そして、
「この辺りの地質とは全く違うんだ、やはりここが時空の歪みの出口でもあり、入り口でもあるようだな」
そう言うと叔母さんが、
「タイムトラベルから帰るには、キーアイテム、帰る者が心から帰りたいと思うこと、そして帰るための儀式が必要なのよね」
横島さんは大真面目に、
「その通り。しかし儀式の方法は未だに確立されていない」
顎に手を宛てて考え込んでいる。僕はたまらずに、
「ちょっと待ってください。儀式って何を非科学的なことを言ってるんですか?二人とも研究者なんですよね?」
二人は僕の方を見て、まず叔母さんが、
「超能力や超常現象の研究っていうのは、科学的なものだけでは推しはかれない部分があってね。だから研究として認められないの」
悲しそうに言うと、続けて横島教授が、
「譲君から見たら矛盾してるように見えるだろうね。しかし科学が発達する前の時代には、儀式というものはとても重要視されていた。雨乞いなんかが一番分かりやすい例だが、彼女は過去から来た。儀式が正しく行われれば帰れる可能性は高い」
おタケさんがロングカーディガンの袖口をきゅっとつかみながら、
「あの…。私が育った家では、朝、作業場に出掛ける前に必ず験担ぎをするんです。でも、あの石を拾った日に私…。験担ぎをするのを忘れて…。おとうやおっかあがそれを知ったら私は叱られます。作業場は危ないから、毎日必ず水の神様、土の神様にお礼を言うんですけど、それを忘れました」
横島教授と叔母さんはおタケちゃんの方を見て二人で、
「それだ!」
同時に同じことを言った。叔母さんが、
「おタケちゃんはその験担ぎを忘れてしまったことを後悔してるのね。信心深い親御さんに申し訳ないと」
横島教授は、
「そのいつもの験担ぎを心から帰りたいと願いながら、キーアイテムのペンダントを身につけてこの場所ですれば、きっと君は帰れるよ。」
最適解が見つかったとでも言うようにホッとした顔をしている。
僕はひとつ引っ掛かってることがある。
「でもさ、おタケちゃんの時代は今よりもずっと生活が苦しい人が多かった。先週の日曜日から今日の土曜日までたった一週間だけどさ、叔母さんの家で暮らしてもう帰りたくないと思ってるなら、無理して帰る必要はないよ」
おタケちゃんが本心を見透かされてドキっとした顔をしている。叔母さんも、
「そうよね。私も本当のことを言うと、おタケちゃんとの暮らしが楽しくて…」
しんみりと話す。横島教授も、
「君が帰りたいと心から思えば帰れる。しかし、自分の心に嘘をついていると帰れない。そして、今のこの国は色々と仕組みが複雑だ。君がこの世界で生きていくには複雑な仕組みの網の目をかいくぐる必要がある。ただね、私たちが研究しているおかしな現象は国の中枢にいる人間も興味を持っていてね。君に伝わるように話すなら、お寺の台帳に君の名前を乗せないと町で暮らせない。現代では戸籍や住民票と言うんだ。本来なら勝手に作ることは出来ないが、おかしな現象の研究仲間にはお偉いさんもいてね。戸籍や住民票くらい頼めばなんとでもなるさ」
この山男に見える教授、そんな凄いコネがあるのか。戸籍や住民票の捏造って犯罪だけど、政治のお偉いさんに手を回す気かよ。
おタケちゃんはロングカーディガンの袖口を離してから、
「あの…。短い間に本当に良くしてもらって私もここにいたいと思ったんです。毎日毎日、白いお米食べて、お肉やお魚も食べられて。このお米はナスヒカリって言うと叔母さんに教わりました。那須の光のような美味しいお米でした。こんな美味しい物を食べられるならずっとここにいたい。そう思いました。でも…。私がいなくておとうやおっかあはどんなに大変な思いをしてるんだろうと考えたら、夜中突然目が覚めるんです。白いお米もお肉もお魚もご馳走なんです。おとうやおっかあもこの世界に連れて来られるならここに私はいたいです」
叔母さんは健気なおタケちゃんの告白に泣き出してしまった。僕もここにいてほしいなんて、軽々しく言ったことを後悔した。横島教授は額に手を宛ててから、
「おタケさん…。その望みを叶えてあげたいのだが、私たちの研究ではそこまでの技術がない。君はここに留まるか、元の時代に帰るかその二つから選ぶしかない。力が及ばずに申し訳ない」
深々とおタケちゃんではなく、おタケさんと呼んで頭を下げる。おタケちゃんは、
「頭を上げてください。余所者の私にこんなに親切にしてくれて、私はどんなお礼の言葉を言っても足りないくらいです」
横島教授に逆に謝ってから、
「私は…帰ります。自分だけ贅沢な暮らしは出来ません。おとうとおっかあを連れて来れないなら帰る。そう決めました。この首飾りをして、ここに立って、あの日忘れた験担ぎをします。みなさんありがとうございました。一生この恩は忘れません」
叔母さんが、
「おタケちゃん…」
名残惜しそうに呟くと、
「洋子叔母さん、ありがとうございました。本当の叔母さんみたいで嬉しかったです」
おタケちゃんはお辞儀をしてから、あの日現れた場所に立つ。そして正座をして、
「水の神様、土の神様、いつも見守ってくださってありがとうございます。今日も行って参ります」
目を閉じて、手を合わせてそう唱えると、三つ指をついて三回正座をしたまま、お辞儀をした。
突風が吹いて砂埃が舞う。
あの日と同じだ。
砂埃が小さな竜巻のようにおタケちゃんの周りを渦巻くように吹き荒れる。
砂埃が僕や叔母さん、横島教授の方にも来て、みんな手で払いのけたり、目を瞑ったりしておタケちゃんから目を離した。
風が止むとそこには、もうおタケちゃんはいなかった。
僕は、
「帰っちゃったの?」
二人に尋ねると、二人とも無言で頷いた。そして横島教授は、
「タイムトラベルから帰るために必要な、キーアイテム、時空を越えた者が帰りたいと本心から願うこと、そして正しい儀式。その三条件が揃った。私たちの研究の仮説の正しさは証明された。しかしその喜びよりも、彼女がもうここにはいないという悲しみの方が大きい。両親を連れて来たい、その願いを私たちは叶えられなかった…」
叔母さんは横島教授を慰めるように、
「でも…私たちはベストを尽くしたわ。彼女は現代の便利な暮らしよりも苦労している両親を選び取った。私たちも彼女の心ばえを見習わないとね」
そう言うと横島教授は、
「その通りだね。この那須の地がこれほど豊かな町になったのは、彼女のような開拓団の人たちのお陰だ」
僕は二人に向かって、
「そういえば最初に会ったときにおタケちゃんは、開拓団の誇りはないのか、仕事サボるなって俺を叱ってました。彼女にとって開拓団の一員であることは誇りだったんですね」
あの不思議な出会いを思い出して呟く。
叔母さんが、
「私たちもそれぞれ仕事に戻りましょう。彼女のように誇りだと言えるような働きをしないと、彼女に申し訳ないわね」
少し寂しさを隠して強がっているようにも見えるけど、明るい声で言う。横島教授も、
「私も大学の研究はもちろん、こちらの研究も頑張らないとな。宇宙人が侵略目的でいつやって来るか分からない。今回のおタケさんの件も笹原さんが言うようなアクシデントなのか、侵略を目指した下見なのか判然としない。光陰矢のごとしだ。研究に勤しまねば」
自分を奮い立たせるように話す。僕も、
「おタケちゃん、俺よりずっと年下なのに働き者で。俺もしっかり頑張るよ。出来ないことを嘆くんじゃなくて、自分の出来ることを精一杯やろうと思う」
叔母さんが、
「譲もやっと成長したね、でも体に無理させたらダメだよ」
僕の心臓病を心配してくれる。僕は、
「もちろん、無理のない範囲で精一杯って意味だよ、だいじ(大丈夫)だから」
叔母さんに微笑む。
横島教授は宇都宮に帰り、僕も叔母さんに送ってもらって家まで帰る。叔母さんは帰りの車で、念力でスプーンを曲げる話、雪女の探し方、宇宙人の生態について熱心に話してくれた。
前よりは少しは信じられそうだ。もちろん友だちには言わないけれど。僕は熱く語る叔母さんに、
「帰り気をつけてね」
そう言って車を降りると、
「だいじ、だいじ。安全運転で帰るよ」
叔母さんも研究の成果を語り尽くして一安心したのか、栃木弁で返してくる。
だいじ。
僕はこの方言が結構好きだ。普通に大丈夫って言うより、なんか暖かい気がするから。
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