6人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
私はおそろいのマグにホットコーヒーを入れて、彼が座っていたソファの前の、小さなローテーブルに置いた。その一方を彼へと差し出しながら、
「最近ね。私よく黒猫を見るの」
本当に告げたかったのは、「明日も泊まっていくでしょ?」だったけれど、実際に口をついたのは別の言葉だった。
ラグの上に座り、マグに手を添えながら笑った私に、彼はかすかに「うん」と頷いた。
「あの猫が、君との縁を繋いでくれたんだなって、ふと思って」
彼に向けて、笑みを深める。だけどあんまりうまく笑えていないかもしれない。
彼とまっすぐ目が合った。なのにその視線はすぐにほどける。
彼は手元のマグへと視線を落とし、それをなんだか逸らされたように感じた私は、少しだけ気まずいような心地になって、自分も自分のそれへと向きなおった。
すると彼が呟くように言った。
「本当はね。ずっと見てたんだ。――あなたのこと」
「え?」
思わず再び彼を見た。
彼は長い睫毛を伏せて、少しだけ苦しそうに続けた。
「あの黒猫は……俺の」
「え……え? そう、なの?」
彼の言葉に、私は目を見張るばかりでろくな反応が返せない。
返せないまま、ただマグを持つ手にじわりと汗が浮かぶのを自覚する。
「迎えに来たんだ。あなたの中身を」
「中、身?」
かろうじて、かすれた声で反芻した私を、彼は射貫くようにまっすぐに見た。
「――あなたが、明日死ぬのを待って、連れて行く」
最初のコメントを投稿しよう!