泡沫の君と

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 私はもう声が出ない。金縛りにあったみたいに動けない。  彼も私を見つめたまま微動だにしない。  ――時がとまったみたいだった。 「……その、つもりだったんだけど」  彼の声が空気をふるわせた。その瞬間、張り詰めていた糸がふっと緩んだ気がした。彼は微笑んでいた。私に優しく微笑みかけて、そして手を伸ばした。 「連れて帰ったら、それでさよならだから。――俺、あなたの笑顔を、もう少し見ていたい」  だから、 「俺、明日、帰るね」  彼は少しだけ寂しそうに言って、私の頭を撫でた。 「どういう……こと?」  私は明日死ぬはずで、それを連れに来た?  え……何? 何なの?   だってそんなドラマみたいな……まるで自分は死に神だ、みたいなこと――。  ……いや、違う。この子は違う。  この子は、いうなれば、 「天使……?」  ばかみたい。  思いながらも、かちあったままの不思議な色合いの双眸が、それを肯定している気がした。 「さすが。聡明」  揶揄めかして言った彼の手は、温かかった。  頭から頬へとすべり落ちてきた手が、口元へと移動する。  その指先が唇に触れる。  寒いみたいに震えてしまう。  なのに触れられたそこには熱がともる。
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