泡沫の君と

7/8

6人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「帰るって……どこに?」  問えば、彼は目線で上を示した。 「上? 空? 空に?」 「うん」 「明日、帰るの?」  声が上擦る。動悸がすごい。 「うん。朝陽が上がる前に」  帰って、裏工作しなきゃ。  なのに彼は、そう言って冗談みたいに笑うだけ。それはまるで、「ほら、一緒に笑って」と言っているようだった。だけど私は笑えない。笑えるはずがない。  彼のもう一方の手が、持っていたマグをテーブルに置く。  それを見るともなしに追いながら、私は呟いた。 「信じられない。……でも」 「でも?」 「……うん。私まだ、死にたくない」  頷いて、私もマグから手を離す。腰を浮かせて、両手をそっと彼へと伸ばす。距離を詰めて、腕を回す。そのまま首に抱きつくように、ぎゅっと強く力を込めた。 「――ねぇ。名前、教えて」  気がつくと、目の前が水膜に滲んでいた。  それに気づかれないよう意識しながら、これ以上声がふるえないようにつとめながら、 「私、君の名前が知りたい」  私は再度、囁いた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加