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「帰るって……どこに?」
問えば、彼は目線で上を示した。
「上? 空? 空に?」
「うん」
「明日、帰るの?」
声が上擦る。動悸がすごい。
「うん。朝陽が上がる前に」
帰って、裏工作しなきゃ。
なのに彼は、そう言って冗談みたいに笑うだけ。それはまるで、「ほら、一緒に笑って」と言っているようだった。だけど私は笑えない。笑えるはずがない。
彼のもう一方の手が、持っていたマグをテーブルに置く。
それを見るともなしに追いながら、私は呟いた。
「信じられない。……でも」
「でも?」
「……うん。私まだ、死にたくない」
頷いて、私もマグから手を離す。腰を浮かせて、両手をそっと彼へと伸ばす。距離を詰めて、腕を回す。そのまま首に抱きつくように、ぎゅっと強く力を込めた。
「――ねぇ。名前、教えて」
気がつくと、目の前が水膜に滲んでいた。
それに気づかれないよう意識しながら、これ以上声がふるえないようにつとめながら、
「私、君の名前が知りたい」
私は再度、囁いた。
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