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ねんねんころり
ある冬の日。
地方でライブを楽しんだ私は、夜の高速道路を家族の待つ自宅へと車を走らせていた。
ちょうど三連休の最終日で高速が渋滞していたため、下道を通って帰ることに決めた。
過去にも何度か日中に通ったことのあったその道は、ほぼ山か田んぼの中を走る曲がりくねった細道で、昼間走っていた際には気づかなかったが、街灯はまるでなく真っ暗で、時々明かりが灯った平屋建ての古い家屋がぽつぽつと遠くに見えるような、そんな田舎道だった。
ふと、ヘッドライトが照らした先に人影が映し出された。
胸元のばってん印に、かつての記憶がよみがえる。
あれは、赤ちゃんをおぶった女性だ。都会ではもうほぼ見かけない、昔ながらのおんぶひも。身体の前で交差させる紐が、胸を強調して見せるからとか、古臭いからとかで廃れているようだが、私が子育てをしていたころにも、短時間で可能な装着法、赤ちゃんを支える抜群の安定感、おんぶしたまま家事もこなせるなどの利点も多いことから、愛用しているママも多かった。
ゆっくり左右に揺れながら、赤ちゃんをあやす道の先の女性。
遠くに民家らしき灯りが見えるので、そこの家の人かもしれない。
車内の時計を見ると、既に十二時を回っている。
寒空の下、こんな時間に赤ちゃんを背負って外に出るとは。よほど寝かしつけに手こずっているか、それとも夜泣きがひどいのか。外気に触れたり環境を変えると、ぐずる赤ちゃんもあっさり眠ってくれたりするので苦渋の選択なのだろう。
経験者ゆえに「お母さん、がんばれ」とエールを送りながら、その女性の横を走り抜けようとして、私は大きな違和感に気がついた。
赤ちゃんだと信じて疑わなかったその女性がおぶっていたそれは、赤ん坊ほどの小さな頭にもかかわらず、その胴体は異常に長く伸び、更には恐ろしく長い手足を地面にだらりと垂らした、異形の何かだった。
目の錯覚であって欲しいとサイドミラーで様子をうかがっていると、いきなりその何かがこちらにぐるりと顔を向けた。
── 瞬間、私はアクセルを踏み込み、猛スピードで車を飛ばしその場から走り去った。
振り向いたその顔が、男のようにも女のようにも、もしくは老人、いや毛むくじゃらの獣のようにも見えた気がしたが、はっきりとは断言できない。
とにかく「化け物!」と認識したとたん、肝を冷やし迷わず逃げ出したのだ。
あれから二度と、夜にあの道を走っていない。
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