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いとしのびすこ番外 こっち向いて
こっち向いて
「良かったあ。これ、使ってくれてたんだ」
「ああ、うん。もったいないし、大事にとっとこうかと思ったんだけど、使わなかったら使わなかったで、びすこは怒るかなーと思ってさ」
「そうだよ」
無事に目が覚めても、この部屋は俺が眠る前とはほとんど変わりがなかった。
つくづく眺めてみても、和臣さんにも別段変化したところはなくて、せいぜいあったとしても、作り置きしていたごみ箱が減っていた事くらいで、俺が眠っていたのは、本当に寒い間の数カ月だったのだ、と思うことができた。
眠る前にあれこれ思い悩んだのが、全て杞憂に終わり、俺はほっとした。
「な?案外すぐだったろ?それに、寝ててもこの部屋に居る訳だし、俺は全然平気だったぞ」
洗い物をしているので、和臣さんは自分の手元を見ている。俺は他にも変わったところはないかと発見するために、冷蔵庫を開けて点検してみたり、戸袋の中を漁ったりしながら、
「俺は全然平気じゃなかったよ」
と口答えをしてみた。
「え?」
「勿論、眠ってるから意識はないんだけど、ずっと気が急いてるみたいだった。早く起きないと、和臣さんの気持ちが俺から離れちゃうんじゃないかって、怖くてしようがなかったんだ」
「えええ?」
流しの前で、和臣さんは目を丸くする。「なんでそんな取り越し苦労な事を」と言いたげだったけど、俺は本心からそう思っていた。
俺は眠っていても目覚めても、和臣さんが大好きだけど、眠ってばかりの俺に、何もしてあげられなくなってしまう俺に、和臣さんは愛想を尽かしてしまうかもしれない。
俺は深い眠りの中でも、ちょっとだけそう心配していた。だから俺は、すぐに目覚めるから待っていて、という印として、花を咲かせたんだろうな。
洗い物を終えた和臣さんは、こまごました事を片付けて居間に戻って来ると、
「本当に心配症だなあ、びすこは」
と俺の隣に座り込んでくしゃっと笑う。
「俺は、びすこが寝ていたら、ずっと独り占めできちゃうな、と思ってた。勿論、話ができなかったり、一緒に出掛けられないのは淋しかったけど」
すい、と和臣さんの腕が伸び、髪に触れられる。
耳の脇を彼の指が掠めていくと、それだけで俺は胸が爆発しそうに飛び跳ねた。
俺が紅潮し、瞳を潤ませ俯くと、
「それに、こういう事もできなかったし」
和臣さんはそんな俺をじいっと眺めた。
「こっち向いて」
と言われるけど、今はあの、嵐で停電した時のように、真っ暗でもなく、テレビもパソコンもつきっぱなしだったので俺は周りが気になり、言う事をきけずにいた。
和臣さんは、そんな俺を奥ゆかしい、と思ったのか、すっと顔を近付けて、断れない俺の頬に軽くキスしてくれた。
「おっ、始まるぞい」
「まあ、和臣ったら大胆ね」
顔を向けるよう引き寄せられ、緊張しながら和臣さんのする事に応えていても、部屋の皆が俺にしか聞こえない声で囃し立てるので、そわそわして仕方がない。
「んん……」
「びすこ」
和臣さんは灯かりも消さず、そのまま床に俺を押し倒すので、俺達は家電の皆に見物されている状態である。
「……良かった、びすこの目が覚めて。俺、毎日毎日まだかなあ、って待ってたんだぞ……」
「和臣さん……」
覆い被さって、遠慮がちに身体を探ってくる和臣さんに集中しようとするけど、やっぱり目を上げると、エアコン女史やテレビ翁の姿が目に入り、俺はそのたびに身体じゅうが燃えるように熱くなる。
「か、和臣さん、あの……」
「どした?」
「あの……できたらテレビとか、灯かりを消して欲しいんだけど……」
耐えきれずお願いしてみると、
「あ、ああ、うん」
和臣さんはもどかしげにテレビは消してくれた。でも、
「今日は、びすこの顔見てたいから、電気は点けとこ?」
どうやら消灯してくれる気配はない。
普段は温和で、今どきのいわゆる草食系男子である和臣さんが、たまに見せるこういう野性的なところに、俺はくらっとしてしまう。
こういう事に、全くもって慣れてないのに、一部始終を皆に見られ、和臣さんの前に身体を晒さなくてはならないのは、どうしても恥ずかしい。考えている間にも、どんどん事は進んでいく。
「あ、あ……ん、和臣さん。和臣さん、待って、ごめんね」
「嫌か?」
「そ、そんなことないけど。実はね……」
服を脱がされていく途中で、俺はとうとう和臣さんを押しとどめ、この部屋の秘密を打ち明けてしまった。
この部屋に暮らす、家電の皆と俺は言葉が通じ、皆、和臣さんの事も大事に思っているということ。
家電なので、電気が通じていれば皆、常に俺達を見詰めていて、彼らは日常的にやりとりを交わしており、つまりは、今ここで抱き合っている俺達をも見物しているのだということ。
「うひゃあ。そうなのか。それは照れるな」
「で、でしょ?」
和臣さんもみるみる赤面し、部屋の中をぐるぐる見回す。彼は俺のちょっと信じ難い告白も疑う事なくすぐに受け入れてしまったみたいだ。それは突然自分の部屋に現れた俺が、びすこだと信じてくれた時と同じように、彼特有の深すぎる懐のためといえた。
ひと通り、皆を紹介すると、和臣さんは俺にもシャツをかけてくれ、
「そうかあ。今まで、俺は皆に護られていたんだな。侘しいやもめ男の独り暮らしだとばかり思ってたけど、一人じゃなかったんだ」
と少し、くすぐったそうに笑った。
「一人で部屋を借りたはずが、今ではびすこと二人。皆と一緒暮らしなんだな」
「そうだよ」
頷くと、和臣さんは辺りを窺いながら、
「じゃあ、やっぱびすこの提案通り、灯かりを消してベッドへ行こうか」
耳元で甘く囁いた。
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