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いとしのびすこ番外 みずいろはみずのいろ
みずいろはみずのいろ
「びすこ、毎日暑くて大変だろう。明日は水族館にでも行くか?」
テレビを消して、寝支度をしていると、和臣さんがそう俺に声をかけた。さっきまで見ていた若造テレビ君で、最近リニューアルされて、可愛いエイが人気者の水族館を紹介していたので、きっとそこへ行きたくなったのだ。
「水族館って涼しいの?」
「夏休みシーズンだから混んでるかもしれないけど、たまにはびすことデートがしたいな。明日休みだし」
実のところ、俺はエアプランツという砂漠にも生える植物で、暑さにはそんなに弱くない。
日本には雨の季節があるので、その頃に比べたらうんと過ごし易いのだけど、明日お休みなのに、和臣さんがわざわざそんな所へ連れて行ってくれる、というのが俺は嬉しくて、
「うん、行きたい!」
と返事した。今は俺も働いてるので、一緒に買い物もできるし。
「明日、晴れると良いね」
「晴れると暑いぞ」
二人で一緒の布団に潜りながら、俺は水族館というものに想いを馳せた。
次の日は良く晴れた良い天気で、朝から気温がぐんぐん上がる。
「じゃっ、行ってくるぜーい」
俺のケイタイ君が挨拶をすると、ついて来れない家電の皆はぶうぶう文句を言ったので、
「お土産に、皆も海の仲間を見られるようにポストカードでも買ってくるよ」
おれがとりなすと、
「びすこ、ポストカードなんて言わずに、最近はDVDくらい売ってるのよ」
パソコン嬢に上から目線で返された。俺は肩を竦めて、俺達のやりとりを玄関先から眺めている和臣さんの元へと向かった。
電車を乗り継いで、大きな複合施設の中へ入る。
夏休みなので、というより都会はいつでも人が多い。
俺は人混みに慣れていないので、ともするとはぐれそうになってしまうので、和臣さんのTシャツの背中をちょっと摘まんで、
「良い?」
というように目で訊く。和臣さんは、にっと笑って時折俺を気にかけてくれた。
水族館に入ると、ちょうど屋外プールでショーが始まったらしく、人はすずなり程でもなくゆっくり水槽を見る事ができた。
ここの目玉である大きなエイやペンギン舎はそれでも人だかりができていたので、俺と和臣さんは小さい水槽の、地味なイソギンチャクや小魚の群れなどをじっと眺めた。
「綺麗だね、可愛いね」
「うん」
涼しくて静かで、仄かに暗いので、そっと和臣さんは俺の手を握ったり、腕や身体を触ったりしてくれる。デートをしてるって感じがして、水族館って素晴らしいな、と俺は感嘆した。
それに俺は、海の生き物をじかに見た事がなかったのだ。
彼らは、俺が見ると皆ゆらゆら揺れたり、こちらへ泳いで来てくれたりして歓迎してくれた。きっと人間でないのが判るのだ。「良く来たね」と言ってくれているのだ。
綺麗な海藻の揺れている水槽へ移ると、その中にスキューバダイビングの格好をしたお兄さんが入っていて、ガラス面の清掃をしていた。
びっくりした俺が、
「あっ」
と声を上げると、様子で気付いたお兄さんがこちらへ手を振ってくれた。照れくさくて俺も手を振っていると、突然恐ろしい事が起こった。
ガラスの手前の立派な海藻が勢い良く波打ち、ガラス面を叩きだしたのだ。
お兄さんは、水流のために海藻がガラスの方へぶつかったのだと思ったのか、肉厚の海藻をゆっくりと内側へ引き戻して、その海藻も見栄え良くなるよう、拭いてあげている。
しかし俺には、それがお兄さんに近付いた俺への猛抗議であるのがすぐに判った。
「ご、ごめん……」
俺は後ずさると、和臣さんも不思議そうに水槽を眺めながら、
「今、なんで海藻がぶつかったんだろ?普通、ガラスにぶつかるなんて配置には植えないだろうけど」
と首を傾げた。
きっとあのワカメさんは、地味な自分を世話してくれるあのお兄さんに恋をしているのだ。そして、お兄さんとちょっと仲良くした俺が邪魔者であったらしい。
悪い事をしてしまった。
ここは海ではなくて、ちっぽけな水槽だけど、きっとワカメさんにとって、ここは自分達だけの楽園なのだ。
誰が見ていても、はたまた誰も見ていなくても、充分幸せなのだ。
上のレストランでお昼を食べながら、そのワカメさんの話をすると、
「そうだったのか」
和臣さんは目を丸くして、
「びすこには、本当にたくさんの物が見えてるんだなあ」
チャーハンを口に運んだ。なんでもない事なのに尊敬のまなざしで見詰められ、俺は慌てて手を振った。
「俺も、俺の知らない物がまだいっぱいあるよ」
だから、水族館に連れてきてくれてありがとう、と続けると和臣さんは、
「じゃあ、まだまだいっぱい、色んな所に行こうな」
と微笑んだ。
俺がまだ人間になる前、元々コンビニで一緒に座っていて、今は同僚でもあるひだり君とおじさんと、家の皆にお土産を買って帰った。
ポストカードは、文句を言われながらもおおむね好評だった。
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