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いとしのびすこ番外 上から634
上から634
去年新しくできた大きな電波塔は、一年経っても大人気で、毎日大勢の人が詰めかける一大観光スポットになってしまったのだけど、
「あいつの電波は、超上から目線で気にくわない」
と、うちの若造テレビ君には不評をかっている。
電化製品ではない俺には、電波の目線は定められないのだけど、
「奴はあんなにゴージャスに建てられて、皆にちやほやされてすっかり有頂天になってやがるのさ」
「ふうん」
テレビ君は若造なだけあってけちのつけ方が半端ない。話を聞いているうちに、そこまで悪し様に言われまくるその上から電波塔君に、俺は興味がでてきた。
パソコン嬢にお願いして、色々な所からの上から電波塔君の姿を見せてもらっていると、
「びすこ、そいつが見たいのか?遊びに行こうか」
お風呂からあがってきた和臣かずおみさんが後ろから覗き込んできた。俺の肩に顎を乗っけて、顔を近付けられる。
「すごい綺麗だね。かっこいいや」
電波塔君は周りのどのビルよりもずっと高くて、昼間は空に悠々と浮かぶ雲を従えて、夜はぴかぴか光りながら、人間達を護っている巨人のように見える。
それはまさしく、家電たちの王者のような風格で、なるほどこれなら上から目線になるのも仕方がないな、と俺は内心頷いた。
「中にはのぼらなくって良いけど、遠くから見てみたいな」
「遠くからで良いのか?近くにも店とかあるんだぞ?」
電波塔君の中にも人々は入ることができて、上までのぼるとすっごく遠くまで景色が見渡せるみたいだし、下は豆粒みたいに見えるらしい。和臣さんとそんな景色が見られたら面白そうだな。
でもそんなに高い所へのぼるのは怖いような気もしたし、中へ入ってしまったら姿を見ることはできない。
「うん、俺、あの外側を見に行ってみたいな」
「じゃあ、今度のデートはそこにしよう」
和臣さんが照れたように笑うので、俺も照れていると、
「それなら、下町のベストスポットを教えてあげるわ、びすこ」
パソコン嬢が張り切って、周辺地図や色んな画像を引っ張ってきた。
人でごった返すような良い場所じゃなくても、電波塔君はかなり大きいので、結構離れた所からでも姿を見ることができる。俺は人波に押されて気忙しく見物するより、和臣さんとのんびり眺められたら、多少遠くてもそっちの方が良いやと考えた。
パソコン嬢の画面を覗いていた和臣さんは、一区切りつくと俺のほっぺたに唇を寄せて、ちゅ、ちゅと小さくキスをしてきた。
俺は急に顔が熱くなって、胸がどきどきと激しく鳴り始めたけど、和臣さんが身体を触ってくる前に、と慌ててパソコン嬢の電源を切った。それと同時に、腕が伸びてきて強い力で引き寄せられた。
無理やり電源をぶち切られたパソコン嬢は、きゅーん、という不自然な音をたてて俺達に不服の申し立てをした。
弁明は明日の朝になりそうである。
++++++++++
夏の電車は涼し過ぎるのだけど、右の肩に和臣さんの左肩が当たって、そこだけほんのりあったかい。
窓にへばりついていると、
「あ、あった。みっけた」
「案外大きく見えるな」
しばらくしてビルの合間からあの姿がちらちらと見えるようになった。適当な所で降りて、下町の通りや橋の上などから見えては隠れるその姿が段々近付いてくるのを眺めた。
俺は時々ケイタイ君で景色を撮って、パソコン嬢に転送しておくことにした。そうしたら夜、家電の皆にも、あのかっこいい電波塔君の話をしてあげられる。
若造テレビ君は気に入らないかもしれないけど、実物を見てみると、やっぱり皆がちやほやするのも判る。
途中で洋食屋さんに入ってランチにすることにした。
昔ながらの、こぢんまりしたそのお店は、大きな電波塔君のポスターやキャラクターグッズなどをべたべた貼って賑やかにし、メニューにも電波塔君の名前をつけたり、姿を見立てたりしたコラボものをたくさん作っていた。
ものすごく高く盛られたエビフライと、食後にはこれまた高く盛られたソフトクリームつきあんみつが出てきて、俺達は笑いながらそれらを一生懸命食べた。
電波塔君の傍の流行りのお店で、おしゃれで珍しいものを、行列に並んで食べてもおいしいかもしれないけど、こんな風に、気取らずにのんびりゆったりデートするのが俺と和臣さんには似合ってるかもしれないな。
そう思うと、嬉しくなって俺は窓越しに電波塔君を見上げた。
するとその時、電波塔君が空の向こうへ特別な電波を飛ばしたのが判った。耳を澄ますと、電波塔君は、ある特定の方角にたて続けに、
『おいちび先輩、返信しろ』
『おいちび先輩、返信しろ』
『おいちび先輩、返信しろ』
と三度電波を飛ばした。それは、うちの若造テレビ君が毒づいた通りの上から目線の言葉だったけど、電波は一途にまっしぐらに飛んで行くのが俺には見えた。
和臣さんに今の話をすると、少しの間考えてから、
「ちび?……、ああ、前まで電波塔だった赤い塔があるんだ。きっとその方角だな」
目を丸くして驚いた。
「びすこにとってはあれも家電かあ。でかい家電だなあ」
だから電波が判るんだな、すごいなあ、と和臣さんに褒められていると、雲を切り裂く力強い電波を感知して、俺は再び外を見た。
『うるさいんだよお前は!』
それは、電波塔君がからかいの言葉を送った方角から、彼の方向へ容赦なく飛んでいき、電波塔君の横っ面をひっぱたいた。
おお、とそれを目撃してしまった俺は動揺してしまったのだけど、電波塔君は、その超攻撃的な赤い塔からの電波にかなり喜んで、
『返信きた、返信きた』
と昼間からぴかぴか身体を光らせた。
一見、喧嘩してるみたいな剣幕のやりとりだけど、どうもそうじゃないみたい。
言葉はきつくても、遠く離れていても、互いの電波は特別で、思いを乗せてひとっ飛びなのだ。
俺は和臣さんを向いて、和臣さんにも俺からの電波が届くかなあ、と試してみた。
優しい瞳を覗いて、特別な気持ちをもって見詰めると、和臣さんも同じように、柔らかな表情で俺の頬や瞳を愛でてくれた。
「今日もとっても楽しいな」
「うん!」
ああ、やっぱり届いたこの気持ち!
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