いとしのびすこ番外 島国でいいです

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いとしのびすこ番外 島国でいいです

いとしのびすこ番外 島国でいいです 厳しい夏は、びすこには辛いものであるようだ。 普通の人間である俺だって毎日うだるような暑さに辟易しているというのだから、元々は植物であるびすこには尚更だろう。 砂漠生まれのびすこは、暑さには耐えられるみたいだけど、度を越した湿気は身体に良くない。 「ただいまあ」 「びすこ、お疲れさん」 仕事から帰ってくると、そのまま風呂場でいっとき水に浸かっている。そうすると、びすこはくったりしていたのが、少し蘇るのだ。 「ごめんね。今日も、ご飯作ってくれてたの?」 「うん。簡単なもので良いか?」 「うん、嬉しい。ありがとう」 元気になったびすこを見ると、俺まで嬉しくなってしまう。 このところは、毎日エアコン女史がフル稼働なので、びすこ風に言えば、他の家電達も上機嫌で、部屋の中はとても快適である。 夕飯のざるラーメンを食していると、 「ごめんね、本当なら俺がご飯作ってあげなきゃなのに、弱っていて」 何故か、再びびすこはそう口にした。伏し目がちで俺を見てくれていず、俺は首を傾げる。 「?別に、ご飯係は決まってないだろ?毎日作れる方が作れば良いんだよ。勿論、二人で作ったって良いし」 「うん……でも俺、和臣かずおみさんの役に立つために人間になったのに、こんなに弱っちいままだし、申し訳ないよ」 びすこの気弱な言葉に、俺は驚いてのけぞった。 な、なんて水くさいことを!きっと、暑さに参ってしまって、変な考えになってしまっているのだ。 ……そう言おうと、口を開きかけたその時。 「それは違う!」 「それは違いますよ」 「それは違うわよ!」 そう聞こえた気がした。 「ん?」 「え?」 びすこは、顔をあげて掛け時計氏の方を向いた。その美しい丸い瞳をぱちくりとさせて、まるでそこから声が聞こえてくるみたいに、じっと見上げている。 ……いや、まるでじゃない。びすこにはしっかり聞こえているのだ。 家電の皆はきっと、今のびすこの言葉に反論している! 「でもやっぱ、俺も頑張らなくっちゃ……て、わ、皆で一気に言わないでよ、うるさいなー……」 びすこは、エアコン女史や、手元のケイタイ君をちらちらと眺めつつ、可愛らしく唇を尖らせた。すかさず、 「皆、なんて言ってる?」 「え、別に……」 「びすこは俺の恋人であって、メイドさんじゃないんだから、俺の役に立たなくちゃ、なんて考えるのはおかしいぞ」 常々思っていたことを白状すると、びすこはみるみる顔を赤くして反論してきた。 「お……おかしくなんかないよ!そもそも、俺が人間になれた理由だってそのためだったんだし……」 「でも、皆もそんな風に考えることないって、怒ったんじゃないのか?」 「う!」 思いがけない反撃だったが、俺が皆を味方につけるように見回しながら続けると、びすこは言葉に詰まった。 「だって……だって」 テーブルに目を落として、まだうーうー言っている。 意外に頑固なさまに、俺より先にエアコン女史がぶち切れたらしい。 突然糸が切れた如くにエアコンが切れた。 「え?」 「あーっ」 続いて、旅行番組を映していた若造テレビ君が真っ暗になる。停電かと思いきや、照明のLED坊やは煌々と灯っているので、これらは家電の皆の逆襲なのだ。 いつも仲良しなびすこと彼らであったが、あまりにびすこが自らを卑下するようなことを言うので、彼らは不機嫌になってしまった。 実際には、俺には言葉は聞こえないけど、それくらい判る。びすこは、瞬間恨みがましい表情をしたが、 「止まっちゃった……」 ついで不安そうに呟いた。 他人事のような口振りではあるが、眉を下げてしゅんとして俺を向いたので、家電の皆の気持ちは伝わったようだ。ちょっとは反省を促せたらしい。 「恋人同士っていうのは、対等なんだ。どちらかがご飯を作ってあげなくちゃいけない、なんてことはないんだ」 「うん……」 「夏は、人間だって暑くて弱るんだから、お互い様なんだ。びすこはちっとも悪がることなんてないんだからな。もう、そんな事を言っちゃいかんぞ」 「はい……」 「びすこは、もっと俺に甘えるんだ。良いな」 「は、はい……」 俺は根気強くびすこに言い含めた。 エアコン女史の機嫌が直らないので、段々部屋の中がぬるくなってきた。 ++++++++++ 飯を食い終わっても、俺が風呂からあがってきても、彼女はずっとびすこにつんつんしたままで、 「ごめんね。和臣さんももう、あんな事言っちゃ駄目だって。もう言わないよ。和臣さんとは仲直りできたから、君ももう機嫌を直して……暑いよ……」 びすこは困ったようにエアコン女史を見上げていた。 ううむ。そんなつんけんした優しさ、嫌いじゃない。 「びすこ」 「なに?」 「きっと、彼女は俺達が本当に仲直りしたかどうか、確かめたいんだ」 「え?……うわっ」 俺は調子に乗ってびすこに近寄り、覆い被さった。 はずみで、びすこの傍にあったケイタイ君が弾かれ、一緒に畳の上に転がる。 彼はまだ、古くさい携帯電話で、いわゆる孤島の携帯である。 世間では、小さな島国と蔑まれ、彼はぷんぷん怒っていたが、俺やびすこにとっては彼で充分事足りるので、一向に島国で構わない。 「か、和臣さん……身体が熱いよ」 風呂上がりの男に乗り上げられ、びすこが赤い顔で身じろぐ。その姿も愛らしいので、俺はもっと困らせてやりたくなった。 天井に目をやり、口に出すのは勇気が要ったけど、こうお願いしてみた。 「君よ、機嫌を直してくれ。俺達のために」 彼女は、「全く、夏場は皆、私がいないと駄目なんだから」と言いたげな上から目線で機械音を発すると、やがてしめやかに動き始めてくれた。 その涼やかな心地に、俺達だけでなく、他の家電の皆もやれやれ、と息をつくようで、俺は愉快な気持ちになった。 「……あ、ついたね」 「ああ、良かった。……、さ、仲直りを続けよう」 「う、うん……」 このちっぽけな部屋は、いわば彼女の支配する島国だ。この小さな島国に、俺達は生かされているようなものなのだ。 彼女とその仲間達は、俺達が仲良く暮らしているのを喜んでくれていて、俺達の間がぎくしゃくしそうになると、時折かみなりを落として、俺達を戒める。 厳しい女王であるが、それもまた有り難い。
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