いとしのびすこ番外 おくればせ謹賀新年

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いとしのびすこ番外 おくればせ謹賀新年

おくればせ謹賀新年 鼻先がふわふわとして、ひとつくしゃみが出た。 目を開けると、すぐそばに和臣さんの姿があって、 「びすこ!おはよう!」 「……おはよう!」 瞳を輝かせた和臣さんに強く抱きしめられた。 どうやら、この春はいつもより少しだけ早く目覚めることができたみたいだ。 「どうだ?久々の風呂は、やっぱ気持ち良いだろ」 「うん。さっぱりするね」 ドライヤー小僧を手にした和臣さんに髪の毛を乾かしてもらいながら、家電の皆とも再会の挨拶を交わす。 「皆、元気だった?」 「もちろんよ」 元々植物なので、寝てる間に髪や髭が伸びる心配はないのだけど、久しぶりのお風呂はやっぱり良い気持ちだし、ちょうど和臣さんがお休みの日に目覚めることができて俺はとっても嬉しい。 「びすこが寝ているせいで、和臣がまたラーメンばかり食べるようになってしまったぞ」 「ええ?そうなの?」 見上げると、 「だって毎日一人分だと思うと、食材を買うのもたまにになるから、自然とラーメンになっちゃうんだよな」 「ええーっ」 もごもごと和臣さんは弁明する。 試しに冷蔵庫のおかみさんを開けてみると、 「わあー」 おかみさんが空腹を訴えそうなほど、中身が少ない。揃えているものといえば、ビール、ビール、ビール……。 「……さっそく、買い物に行かなくちゃね」 「うん」 軽く睨むと、和臣さんは決まり悪そうに素直に頷く。 そんな姿が可愛らしくて、俺はますます好きになってしまった。 ++++++++++ 気のせいではなくて、俺は少しずつ人間に近づいているのかもしれない。 俺は、休眠期である冬の間は、人の姿になっても眠りに入ってしまって、和臣さんに迷惑をかけるのだけど、年ごとに眠りの期間が短くなってきているように感じるのだ。 俺が目覚めた記念だからと、お馴染みの商店街へお出かけした。 和臣さんの健康な食生活を取り戻すため、とにかく食料を、と考えていた俺だけど、 「びすこ、あの服似合いそうだ」 「あ、あのお菓子、新しいの出たみたいだぞ、ほら」 和臣さんは俺のものにばかりあれこれと目をかけて俺を引っ張っていく。 俺のことはいいよ、そう言いかけるけど、考えれば、冬の間ちっとも相手をしてあげられなかったので、これは久々のデートなのだ。 冬の間も、この人はずうっと俺のことを待っていて、好きでいてくれたんだ……そうして、俺が目覚めたのをこんなにも喜んでいてくれる。 そう思うと、感謝と嬉しさがこみあげてきて、 「なあ、びすこはどっちが良い?」 「こっち……」 「じゃあ、これな!」 照れくさいながらも、ありがたく気持ちを受け取らせてもらった。 フロア全てを占めるような大きなショップも良いけど、近くの商店街は俺が眠りに就く前と何一つ変わっていなかった。 「今日からまた、肉まんでもかつ丼でも、二人分買えるんだ。嬉しいなあ」 冬の終わりと春の始まりの間、季節の移り替わるほんの少しの間に、和臣さんの隣に居られるのが、とても嬉しい。 吹く風が少しずつふんわり優しくなって、木の芽やつぼみの香りが混じり始める。段々陽も伸びていって、夜になってもほんのり明るく輝くのだ。 この時に間に合って良かった。 それに、和臣さんも同じように、俺が早く目覚められたことを喜んでいてくれるから、心がぽかぽか温かい。 「ようっ。ようやく起きてきたなっ」 「うん。今年もよろしく!」 裏通りのスナックの看板君が、俺に気づいて声をかけてきてくれる。すると、両脇の電柱さんや、魚屋さんのレジスターお嬢さんも俺を見つけて、 「あら、ひだりはまだ起きてこないのよ」 「おやっさんのところに、起こしに行ってやんな!」 と、陽気に話し始めた。 俺は自分で返した言葉がなんだかおかしくて笑いながら、 「そっか、じゃあ今度ひだり君のところに行ってみるよ。でも、きっとひだり君もそろそろ起きてくるだろうけど」 返事をする。 そうか、俺たちは春になって、やっと年が明けたのだ。 遅ればせながらの謹賀新年なのだ。 「どしたびすこ?」 「皆が久しぶりって。あと、ひだり君も起こしてあげてって」 「そっか。皆も大きくふまえて家電かあ」 街をぐるりと見渡す和臣さんに頷いてから、俺は同僚であり、唯一俺の知っている仲間である、ひだり君のことを思い浮かべた。 俺たちは、元々は空気中の水分を吸い取って生長する、エアプランツという植物である。 俺は和臣さんの役に立ちたい、和臣さんが大好きで大好きで人の姿を手に入れ、ひだり君は電気屋のおっちゃんに請われて、人の姿となって助手をするようになった。 二人とも、コンビニの棚に並んで誰かに出会えるのを待っていた小さな存在だった。 こんな俺たちの仲間が今年も色んなところ、コンビニやおしゃれなショップや、百均なんかで「自分だけの誰か」を待っているんだな。 そう思うと、春の街が俺にとっては、一層素敵なものに見えてくる。また和臣さんとの、新しい一年が始められるんだ。 「びすこー!」 「あ!」 道の先から大声で呼ばれた。 商店街の出口の信号の向こうで、ひだり君が大きく手を振っている。 「おはよう!」 「おはようー!」 いつも冷静で落ち着いているひだり君が、久々に目覚めたせいで珍しくはしゃいでいる。隣でおっちゃんが、そんなひだり君を見て笑っている。 二人の一年も、これから始まるんだもんね。嬉しいはずだ。 「楽しいね」 「楽しいな」 俺の言葉に和臣さんも頷いてくれる。 「ああ、春が来るぞ」 目の前の信号君が呑気そうに歌う。 俺は信号君が変わるのが待ち遠しくて、歩道の前で足踏みをした。
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