5人が本棚に入れています
本棚に追加
エピソード FILE1
「ママ、ちょっと聞いて!」
「あらっ、かなめちゃん
いらっしゃい。
ご主人のお父様のことは、
落ち着いたの?」
林檎ママが営む喫茶店は、
ママのお悩み相談が口コミで広がって
お客様は老若男女問わず繁盛していた。
かなめも、お客様の一人で
ご主人と二人で鍼灸院を営んでいる。
ところが、二カ月前に
ご主人の父親が他界した。
ここまでが、前提である。
「あのね、ママ。ママに一度話した
主人のお兄さんのお嫁さんなんだけど…」
「聞いたことがあるわよ。
たしか、かなり問題ありの
女性だったかしら?」
「そのお嫁さんが、
とんでもない非常識なのよ。
普通、お義父さんが
危篤だとわかっていたら
喪服とお数珠を用意するよね?」
「喪服といっても着物を着ないから
黒のフォーマルが決まりよね?」
「それがね、このお嫁さん。
フォーマルを用意しているかと
思いきやスリットの入った
黒のパーティードレスだったのよ。
私、顔から火が出たわよ。
それにね、お数珠も持ってきて
いなかったから貸したのよ」
かなめの言うように、
危篤状態にある場合は
非常事態に備えて
喪服と数珠を用意するものである。
しかし、同じ黒だからと言って
スリットの入ったパーティードレスは、
さすがにNGだろう。
「ママだから言うけどね。
お義父さんの四十九日にも
お嫁さんはとんでもないことやったのよ。
この日はね、みんなが喪服を着たのよ。
だけどね、お嫁さんが
私になんて言ったと思う?
かなめさん、お数珠を
貸してって言ったの。
私、頭にきたから
百円ショップで売っていますから
買いに行ってくださいって言ったの。
そしたらさ、お嫁さんが
お義兄さんになんて言ったと思う?
マー君、かなめさんが
貸してくれないって言ったの。
もう、いい大人が新婚気分で
バカじゃないって思ったわ」
確かに、年齢が二回目の
成人式を超えたら新婚気分にはなれない。
それが、世間一般の常識である。
「かなめちゃん、ご主人は
なんて言っているの?」
「主人は、兄夫婦とは
縁を切りたいと言っている」
「そうね、だけどね。
まだ、お義母さまがご存命だと
それは難しいわね。
かなめちゃん、もうしばらく様子を見て
まだお義姉さんが改善しないようなら
切り札として残すといいわよ」
「ありがとう、ママに
愚痴を聞いてもらってよかった。
今後のことは、主人と相談をしてみる」
「よかったわ。かなめちゃんの
心が軽くなって、これからも
何かあったらいつでもいらっしゃい」
話を聞いていた林檎ママは、
かなめなら夫と二人でどんなことも
乗り越えていけるとそう信じていた。
最初のコメントを投稿しよう!