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10.トクベツ
「うっ、うん! ナンセンス、ナンセンスだよね!」
「「「…………」」」
「はぇ……っ」
少々オーバーだったか。景介は苦い表情を浮かべ、茶髪の青年はやれやれと肩を竦めている。
ただ一人、メガネの青年だけは違った。
「ほぉ……!」
晴れやか――いや、可愛らしいと言っても良い。無邪気だったのだ。ひたすらに。微笑みを誘う明るさがあった。
「ほらっ! 金髪クンもああ言ってることですし、ねっ?」
「仕方がないなぁ。じゃあ、今日のところはヨリトと金髪クンに免じて、ね」
メガネの生徒はヨリトというらしい。名簿を確認をすると、景介の一つ後ろにあった。『武澤頼人』という名が。
「サヤマ先輩。その……申し訳ないんですけど、名前で呼ぶのだけは勘弁してもらえませんか?」
「どうして?」
「名前負けしてるんで。しんどいっていうか、何っていうか……」
内心で首を傾げる。彼もまた被害者であるのにもかかわらず、率先して仲裁に入り、場を収めてくれた。名に恥じる点など一切ない。名前負けしているのはむしろ自分の方だ。名簿を強く握り締める。
「おかしいな。彼には名前呼びをするよう、しつこく求めていたようだったけど」
「景介は特別ですから」
心臓が嫌な音を立てる。
「ふふっ、はははっ! 頼人、キミやっぱり最高だよ」
上機嫌で笑うサヤマを前に、景介は舌打ちを、頼人は困り顔で頬を掻いた。
「僕がなってあげる。だから、安心してついておいで」
頼人の眉間に皺が寄る。彼がひた隠しにしている『何か』にサヤマが触れたのだろう。
「武澤、相手にするな」
「あ、ああ……。そうだな」
「それじゃあ、またね。頼人、しらすちゃん、それにルーカス君」
「白渡です」
サヤマは訂正することなくひらひらと手を振って去っていった。気は晴れない。そればかりか、より大きく重たい雲が心の空を覆う。
「どうしてオレの名前を……?」
ルーカスの父親・アーロンは世界的にも著名な写真家だ。甘いマスクと類い稀なる才能で多くの人々を魅了。各国にファンを抱えている。
そのため、息子であるルーカスへの関心もそれなりに高いのだが、本人たっての希望でメディアへの露出は一切行っていなかった。けれど、父の個展には息子として同席していた。他ならぬ父の言いつけで。
日本では東京、京都開催のものに顔を出している。そのいずれかで顔を合わせたことがあるのか。だとすれば、彼は父の――。
「名簿見たんだろ」
「そ、そうか! そうだよね!」
思い返せばサヤマの態度は再会というよりは初対面に近いものだった。名簿を見る限り外国人名はルーカスだけ。特定は容易だ。落ち着け、落ち着けと深呼吸をして気を鎮めていく。
「つか、何なんだよアイツ」
低く抑揚のない気怠げな声。すらりと伸びた背に、広い肩幅。制服の凹凸からは筋肉の存在を感じる。
逞しく成長した姿に戸惑いながらも、変わらぬ思いやり深さに瞳の奥を温かにする。
「先輩の話は後だ。それよりも今は保健室だろ」
「えっ?」
「はっ?」
頼人は擽ったそうに笑いながら、自身の目元を指さした。
「責任、取らなきゃだろ」
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