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すべて出し終えた錠剤を左手に乗せる。そのすべてを一気に口に放り込もうと思ったその時、前方に気配を感じた。
その気配のする方向をじっと見つめる。暗闇の中に人影らしきものをうっすらと確認できた。その影はこちらにどんどん近づいているようだった。足音からもそれがこちらに向かっていることがわかった。警察か?それとも近所の見回りのパトロールか?
男はとっさに左手をぎゅっと握りしめ、その手をポケットにしまい身構える。
「お兄さん、こんな時間にここの公園で何してるの?」
声は確かに人影の方向から聞こえた。だが、その声を聞いた途端に男の緊張は解け、身構えていた態勢から無意識に力が抜けていた。
暗闇から声の主が姿を現したとき、男は驚くでもなく、訝しげに思うのでもなく、自分でもよくわからない感情が押し寄せた。それは安堵にも似た不思議な気持ちだった。
声の主はさらに男に近づこうと歩みを止めない。
なぜこちらに近づいてくるのだ?普通だったら警戒して声すらかけてくるはずがないのに。その姿がはっきりと男の目に確認できた。
そこに立っていたのは、小学校低学年くらいの女の子だった。
そして男は冷静にこの状況を把握しようとする。こんな子がこんな時間に何をしている?親は一緒じゃないのか?そんな思いに逡巡しているとまた同じ声がその空間を振動させる。
「あ、お兄さんもしかして彼女に振られた?」
その問いが自分に向けて発せられていると気付くのに数秒の時間を要した。動揺し返答に困る。少し妙な間が生まれた。その隙間を取り繕うように男は、
「あ、う、うん。まあそんなとこだね。それより君こそこんな時間にどうしたの? お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」
「わたしひとりだよ。2人ともわたしを置いていって、だから今は一緒にいないの。だからこうやって夜のおさんぽを楽しんでるってわけ」
その言い回しに少し違和感を覚えた。流れ的には特に変なところはないのだが、何かが引っ掛かるような気がした。
「こんな時間に一人で出歩いたりしたら危ないよ。早く家に帰った方がいい。ここのところ何かと物騒だし、変な人に連れ去られてしまうよ」
「お兄さんみたいな人に?」
「ほ?」
男は女の子のその突飛な発言に、自分でも分かるぐらい奇妙な声が出てしまった。
「冗談よ、冗談」
女の子は楽しそうにくつくつと肩を揺らし笑っている。
満足したのだろうか、女の子はまた男に詰め寄り質問を投げかける。
「お兄さん。その袋の中身は何が入ってるの? あ、もしかしてお菓子? いーなー、大人は自由にお金が使えて」
「あ、うーん、いや…」
言葉に詰まってしまう男。しかしこの子に本当のことを言えるはずもない。
自分はこれからここで死のうと考えていたなんて。
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