■ 第一章 (出会い)

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ふと男は遠い昔を思い出す。断片的でほとんど覚えてはいないが、あれはたぶん幼稚園に入る前の記憶だったと思う。 当時、近所に住む同い年の女の子とよく遊んでいた。 その子はいつもおはじきを持ち歩いていた。そのおはじきで遊んだことは一度もなかったが。女の子の顔さえ覚えていない、ただそれだけのふわっとした記憶だった。 そんな上の空で挑んだ勝負の結果…。 女の子は勝負に勝った嬉しさと、袋の中身の戦利品にありつける喜びに浸っていた。 あんなに感情むき出しにして喜んでいる、少女に本当のことを打ち明けるのは心苦しかった。しかし男は正直に、袋の中に入っていたのは酒と薬だと打ち明けた。 今までの歓喜が嘘だったかのように静まり返り彼女はガッカリと肩を落とした。 男は少女に申し訳ないことをしたなと思い、その場で何かできないか考えた。 公園の外に自動販売機が見えた。 「そしたら今日はあそこの自販機でジュースを買ってあげるよ。それでいいかな?」 女の子はうつむいたままだった。 「わかった。そしたらお菓子はまた今度買って来てあげるから」 「ホントに!?!?」  え、今までうなだれていて、この世の終わりみたいに絶望していたのはどこの誰だったけか? 「そしたら今日はそこの自動販売機のジュースで勘弁してあげるわ」  少女は男の持っている袋をまじまじと見つめていた。ふと何の薬なのかを聞いてきた。  男は睡眠薬だということは隠した。ただの風邪薬だと。 なんだかさっきまで死のうとしていた自分がバカみたいに思えてきた。 こんな幼い子に気を遣って、振り回されて。 とりあえず今日はまっすぐ帰ることにしよう。  何気なく少女の様子を窺っていると、こちらを向きながらもじもじしていて何かを言いたげな態度だ。  「こ、こんどはいつ来てくれる?」  男は少女を見つめる。 「ほ、ほら、お菓子はやく欲しいし。約束しないとお兄さんすっぽかしそうだから」  少女はあからさまに恥ずかしさをごまかしてあたふたしている。実にわかりやすい子だ。  彼はフッと吹き出してしまった。 「な、なによ!」  今度は少女は少しムキになったようだ。  「ごめんごめん。そしたらまた明日来るよ。今度はちゃんとお菓子を持ってね」 男の顔には自然と笑みがこぼれていた。さっきまでの気分が嘘みたいだ。 「でも明日はもう少し早い時間にしようか」  「うん! 約束だよ! 絶対だよ!」  男は少女と指切りをした。これじゃ約束は反故にはできまい、そう思った。  なんだかこの感じが懐かしく、心地よかった。 少女を早く家に帰るように促し、その後ろ姿を見送った。そして男も公園をあとにした。  その日から、僕とその少女二人だけの、少し遅めの集会が始まった。
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