鉱石に季節を。

2/5
前へ
/5ページ
次へ
   その日の夜空はタンザナイトのようだった。白銀の星流はタンザナイトの煌き。そのなかにダイヤモンドやルビーの星が輝いている。南十字星が窓の端っこにいるのを眺めて琥珀糖を食べる。その横で同居人がいつものように鉱石を覗いていた。  透き通った水色のトルマリンだ。トルマリンは加熱すると電気を帯びるため、電気石とも呼ばれている。鉱石に夢中なミヌレは今日をいつもの風景に仕立て上げている。きっと彼にとって昨日も、今日も、明日も、変わることがない風景なんだろう。そう思ってまた琥珀糖を食べる。この味もいつもの風景。私まで今日がなんの日か忘れそうになる。 「早く三日月になればいいのに」  彼が鉱石を覗いている傍らで、私は星を覗いている。月はいつもの風景を変えてくれる。季節のなかを巡る季節のように。  いっそのこと、このタンザナイトの煌きもいつか登ってくる月光に溶けてしまえばいい。琥珀糖と噛み砕いた。独り言だと思った言葉が季節を巡った。 「なんで?」  無口で鉱石にしか興味がない彼の言葉に小さく驚いて風景が変わった。 「月がないときリュヌはいつも暇そうだよね」  鉱石を弄り回しながら無関心に言った。けれど本当に暇だから、月がない日は星を眺めている。 「暇だよ。本当に見たいのは月だから」 「なんで月に拘るの?」 「月は形を変えるから。変わらないものに囲まれる私の唯一変わるものだから」  季節を巡るのは星空だけじゃない。春の満月と秋の満月は全く違う。一月の間に形を変えて、季節を巡る。 「ミヌレは鉱石ばかり見て飽きないの?」  いつものミヌレの、変わることを知らない心になにがあるのか。どうしていつも鉱石を覗いているのか。知ってるはずなのにわからない彼のことを知りたい。月がないならせめて、いつもの風景が変わる言葉を。そんな淡い期待が人生最後のプレゼントでもいいと思った。 「鉱石は200種類以上ある。こんなに綺麗なものが200個以上もあるんだ。飽きるわけない」  綺麗。それがミヌレの変わらない風景を創り上げる情動。綺麗だから見ているなら星でも月でもいいのにどうして鉱石なんだろう。同じ季節を巡るから?目移りが出来ないくらいそれが自分にとって綺麗なものだから?  わからない。ミヌレのことがわからない。こんなに近くにいて言葉を交わすことだって出来るのに。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加