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今だって言葉は私に向かってるのに、私のことを見てくれない。こんな夜は初めてだ。
本当にどうして今日が新月なんだろう。月でさえ、私のことを祝福してはくれない。あゝなんて綺麗で孤独な夜なんだろう。
愁いの溜息を通気口に押し返すように吐いた。
「リュヌ、これ」
伺って、見失った瞬間を丸めて投げつけた言葉と一緒に、ミヌレが白い箱を私に差し出した。琥珀糖を食べる手をとめて、私の掌にぴったりはまった箱を開けた。
「ムーンストーン?」
箱の中に入っていたのはムーンストーンのペンダント。誕生日を思い出してくれたのかと、新たな季節が巡ってきたと思った。けれど思い出したのは私の方だった。
いつかムーンストーンのアクセサリーが欲しいとねだったことがあった。ミヌレはごく稀に原石のアクセサリーを作ってくれる。サファイアのブローチ、トパーズの髪飾り、ターコイズの指輪エトセトラ。その器用さを街に売りに行くこともある。随分昔のことで忘れていたが、ミヌレは忘れていなかった。
目が合わなくても、言葉が重ならなくてもミヌレのいつもの風景のなかにはちゃんと私がいた。どんなときでも傍らで彼はルーペで鉱石を、私は望遠鏡で月を覗く。巡る季節と変わらない夜の風景。
このペンダントもいつしかいつもの風景になる。けれど、ムーンストーンの輝きに触れるたびに今日のことを思いだすだろう。変わらないもののなかにある、変わるものと変わらないもの。変わるもののなかにある、変わるものと変わらないもの。
「ねぇミヌレ、いらない鉱石ってある?」
「いらない鉱石はないけど、使わない鉱石はある」
ミヌレの視線の先に色とりどりの鉱石が入った箱がある。傷のついたもの、破片、中がひび割れたもの。どれも研究にも、売りものにもならない鉱石たちだ。そのなかから一番見た目のいい、黄水晶とも呼ばれているシトリンを選んだ。ミヌレから道具を借りて、シトリンの表面を磨く。横でミヌレがもの言いたげにその様を見つめている。
ミヌレは私の変わらない風景に季節をくれた。季節のない鉱石に、季節を巡る月をくれた。だから私もミヌレに季節をあげよう。月をあげることは出来ない代わりに季節を込めた鉱石をあげよう。作り方はいつも鉱石を弄っている同居人を見て覚えた。
「出来た……!」
初めてにしては上出来。綺麗なところだけ残したため小さくなってしまった。タンザナイトに呼応するように黄色い輝きに満ちている。
「シトリンのペンダント?」
「シトリンは十一月の誕生石だけど、水晶は四月の誕生石。春と秋の宝石」
ミヌレがじっとペンダントを見つめる。気に入ってもらえるか不安になる。こんなに鼓動が焦るのはいつ以来だろう。少しいつもの風景が恋しくなった。
「まぁ初めてにしてはうまく出来てるじゃん。……ありがとう」
ミヌレは優しく微笑んだ。私も微笑んだ。こうしてお互いの顔をちゃんと見るのは初めてかもしれない。いつもの風景に夜風が流れる。もう春も終わる。変わらないものと変わったものと、変わらないものになるもの。
巡る季節の下。輝く二つの鉱石。今も、これからも。
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