突然の悲劇

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突然の悲劇

「お疲れさまでした、お先に失礼します」 「お疲れさまでした」 松島寛子は、コールセンターで 電話オペレーターとして働いている。 寛子の明るい声でお客様からの対応が良く 上司から褒められていた。 「寛子ちゃん、お疲れ」 「美紗ちゃん、お疲れ」 「夕方になると日が暮れるの早いね」 そう、この時は秋から 冬になろうとしていた時だった。 そして、この日は雨が降っていた。 「お疲れさま」 寛子は、いつものように職場を出ると いつも帰宅に使う通勤バスに乗った。 そして、いつものように 自宅近くのバス停でバスを降りていた。 寛子の自宅の近くにある バス停の横断歩道は、 島原から有家方面に行く道は 見通しが良いが、 有家から島原方面に行く道は、 途中で上り坂になっているため、 横断歩道に気がつかないという 見通しの悪い道で有名であった。 そんな時に悲劇が起こった。 寛子が、いつものように 横断歩道を渡っていた時に、 ちょうど有家から島原方面から来た 乗用車にひかれてしまったのだ。 そして、寛子をはねた運転手が 警察と救急車の手配をしていた。 そして、この事故はテレビで 放映されるほどの大事故であった。 この時、仕事で福岡に出張をしていた 夫の武志に連絡が入ったのは 言うまでもなかった。 夫の武志と寛子は、学生結婚で 子供はすでに独立をしていた。 夫婦が二人になったことで、 これから一緒に旅行に行こうと 言っていた矢先のことであった。 「南島原警察署交通課の高田です。 松島武志さんの携帯で お間違いないでしょうか?」 「そうですが、何か?」 「先ほど奥さまが横断歩道を渡った時に 事故に遭われました。 現在、奥さまは意識不明の重体です。 なお、奥さまは泉川病院に搬送されました」 「寛子が交通事故!?」 「お忙しいところ恐縮ですが、 すぐに病院にお越しくださいますか?」 「わかりました。 すぐにそちらに向かいます」 武志は、妻の寛子が事故に遭ったことを 出張先の上司に伝えて 長崎に戻る飛行機に乗っていた。 そして、長崎空港に到着した武志は タクシーで寛子が搬送された 泉川病院まで行った。 そして、武志は寛子がいる処置室に 看護師さんに案内された。 武志は、父親を20代の時に亡くした後、 母親も父親の後を追うように 亡くしているため、天涯孤独の身であった。 そんななかで、寛子の両親に 自分の両親にしてあげられなかった親孝行を 寛子と二人で一緒にやってきた。 しかし、寛子の母親が3年前に 病気で他界してしまった。 そのあとは、寛子の父親の様子を 時間の許す限り見舞っていたのだ。 そんな寛子が、交通事故に遭った。 夢であってほしい。 頼むから寛子を取り上げないでくれ。 そう願わずにはいられない武志であった。 武志は、救急医師から寛子の事故の状況と 体の損傷を聞いていた。 救急医師は、武志にこう言ったのだ。 「残念ながら、奥さまの体の損傷は 私共では手に負えない状況です。 奥さまの意識が戻ってから 大村市にある長崎医療センターに 転院をして手術が必要です。 これから私から長崎医療センターに 紹介状を書きます」 そして、寛子をはねた運転手が 父親と奥さんに付き添われて来ていた。 「おまえか?おまえが寛子を…」 そう言うと武志は、 運転手に殴りかかろうとしていた。 それを止めたのは、 寛子の叔母小夜子であった。 「やめなさい、武志くん! あんたが、この人を殴っても 寛子ちゃんは喜ばんよ!」 小夜子の言葉に武志は、 その場で涙を流していた。 そして、処置室で眠る寛子に 涙ながらに言った。 「寛子、おまえ言っていたよな? 子供らが独立したから、 二人で旅行に行けたらいいねって。 寛子、寛子、オレを置いていくな!」 武志にとって悲痛の叫びであったのは 言うまでもなかった。 武志は、大学1回生の時に 同じ大学に通っていた大学4回生だった 寛子に一目ぼれをしていた。 そして、同じ授業を受けていた日に 武志は、寛子に告白をして 二人は交際を始めたのだ。 そして、寛子にとって 最後の夏休みになった時に 二人は愛し合った。 やがて、寛子に妊娠がわかったことで 武志の両親と寛子の両親で話し合いが 持たれたのはいうまでもなかった。 そして、二人の結婚が決まり 寛子は、大学を卒業をした翌月の4月に 男と女の双子を授かった。 初めての子供が双子で生まれたうれしさは、 武志の忘れることができない 思い出であった。 「寛子、オレのところに帰ってきてくれ」 武志は、まだ意識が戻っていない 寛子の手を握って一生懸命声をかけていた。
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