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5.
悠介は、微妙に混んだ電車に揺られていた。終電とまではいかないけれども、既に飲み会帰りと思われる酔っ払いがそこここで赤い顔を覗かせていて、乗り合わせている乗客みんながそれなりに疲労感を漂わせている時間帯だ。
熱を出して休んだり早く帰ったりしたツケが回って、ここ数日はいつもこんな時間帯でしか帰れていない。
疲れたなあ、としみじみ思う。
今日もまたあのコンビニで弁当を買って帰り、それを掻き込むように食べてシャワーを浴びて寝る、それで精一杯の一日を終えるはずだ。
レンからは毎日のようにLINEでメッセージが入る。そのほとんどが『晩飯食いに寄らねぇ?』という誘いのメッセージだ。
『エロいことは絶対しねえから』
『帰りたいって言うなら、ムリに引き留めたりしねぇし』
『食べたいモン何でも作ってやんよ?』
『顔見たい』
『アンタの匂い嗅ぐだけでもいいから』
仕事が忙しい、と真実を告げて断っているのに、そういう口実で避けられていると思っているのか。
日に日に、メッセージの内容が熱烈な、ほとんどストーカーじみてさえいるような恋文に変化しつつある気がする。
会いたくないとか、避けているとか、そんなことは決してない。
レンがどこまでの気持ちで悠介に執着しているのかはわからないけれども、少なくとも性欲を満たすためだけ、その場の快楽を追求するためだけに接触してきているわけではない、と思う。そこには、ちゃんと悠介を好ましいと思ってくれる気持ちがあるような気がするし、悠介の気持ちを気遣ってくれるところも見える。
あの熱に魘されて零した言葉が、あまりにも素直で真っ直ぐに彼の気持ちを表していたから。
悠介も、彼に惹かれる自分の気持ちに素直になりたいと思えた。
終始ふざけているような態度を見せていても、なんだかんだで相手をよく見ているその眼差しの強さや、踏み込んではいけない領域には決して踏み込んでこないパーソナルスペースをきっちり理解した距離の取り方、揶揄するような口調の裏にある優しさと親しみやすさ、それに意外と面倒見のいい一面。一見すると傲岸不遜で唯我独尊に見える俺様だけど、それでも周りに人が絶えないのは、見た目の格好よさだけではない魅力があるからだ。
だけど。
おずおずとでも恋に踏み出そうとしている悠介の、その気持ちをまだ躊躇わせているのは。
同性であるという事実も、今はそれほど気にはしていない。レンにはそういうものもどうでもよくさせてしまうような、性別を超えた強烈な魅力がある。
それよりも、彼が気にしているのは、そのひとの年齢だ。
どんなに大人びていても、どれだけ魅力的でも、まだ高校生なのだ。当然、未成年。
レンは、好意=セックスみたいな感覚で、たぶん悠介が頷きさえすればすぐにでも身体を繋ごうとするだろう。これまで彼が身体を重ねてきた相手がどれほどいて、どんな年齢の相手がいたかなんて知らないけれど。
少なくとも悠介は、大人として未成年とそういう関係になっていいのか、考えてしまう。例え、自分が受身になる側――どう考えても、悠介がレンをアンアン言わせてるところは想像できないから、自分が言わされる側なんだろうという覚悟もぼんやりとある――だとしても、だ。
せめて大学生ならば、とも思う。同じ未成年でも、高校生と大学生の間には大きな隔たりがあるように感じる。
そういう悶々とした気持ちの整理ができていないから、今のこの仕事の忙しさを理由に会えないでいるのは、都合がいいと言えばそうなのだが。
それなのに、こうやって会えないでいると、レンが愛想を尽かして不意に悠介への執着を失ってしまうのではないかという不安も、決して少なくない比率で心の中を占めているのだから、恋愛というのはタチが悪い。
悠介が疲れているのは、だから、物理的に仕事が多忙だということに加えて、気持ちもそんなふうにずっとモヤモヤしているからだ。
彼は、そんな疲労感から自然に零れる欠伸を噛み殺しつつ、やっと辿り着いた自宅の最寄り駅の改札を抜けた。
駅前の多少なりとも賑やかな通りを抜け、通りを一本ずれると途端に人気が無くなる。街灯だけがぼんやりと照らす先に見えるのは、いつも寄るコンビニと、その向こう側にあるレンの住むマンション。
ほんの何メートルか歩いて行って、そのエントランスに入りインターフォンを押したら、彼は驚くだろうか。驚いて、そして。嬉しげに、或いは楽しげに笑うかもしれない。やっぱアンタも俺に会いたかったんだろ?そう言って。
でも、悠介はそうはしない。いや、できない。
明日も当然のように仕事がある。ただでさえ疲れきっているのだ。家に帰って、ご飯を食べてシャワーを浴びるのが精一杯で、きっと今日もベッドに倒れ込むようにして眠りに落ちるだろう。
大人って、とても不自由だ。
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