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次にそいつにばったり鉢合わせたのは、それから数日後、やっぱりそのコンビニで、だった。 よくよく考えたら、そいつが住んでいるらしいマンションの目の前のコンビニなのだ。そして、そこは、悠介の安アパートからは少し歩くけれども、駅からの帰宅途中で一番寄りやすいコンビニでもあって。 いつものように帰宅途中にコンビニに寄った悠介は、夕飯というよりは時間的には夜食に近かったけれども、とにかくも空腹を満たすための弁当と、明日への活力とするための自分へのご褒美のアイスをカゴに放り込んで、レジに向かった。 背後に人の気配を感じて、それもやたらに近かったから邪魔なのかな、と避けるべく身体を少し捻りかけたところで、持っていたカゴに何かを放り込まれて、ギョッと目を見張る。 カゴに放り込まれたのは、コンドームの箱だったのだ。 悠介は、振り返った。 「よお、悠介。俺の買い物もついでに買って?」 あたかも10年来の友人でもあるかのように、悠介の肩に顎を乗せて、もたれかかりながら気安く話しかけてきたのは、もう会うことはないと思っていた高校生(そいつ)だった。今日は制服ではなく、あのマンションで着ていたのと同じようなダボッとしたゆるい私服だ。 「なっ、なんで……!」 「あ、いーな、アイス旨そ。俺も買おっかな?」 悠介の見開かれた瞳を面白そうに覗き込んで、彼はその頬をプニッと摘まむ。 「そんなビックリするか?知ってンだろ?俺ンち、すぐそこだって」 だから、別に偶然出会ったからって、確かにおかしくはない。 (いま)だ名前も知らないそいつは、摘まんだ頬をツンとつついて、悠介の肩から離れた。アイスのショーケースを熱心に覗き込み始める。 「悠介、そのアイス旨いの?」 「俺は好きだから買ってる」 当たり前のように親しげに話しかけてくるそいつに、ついそう普通に返事をしてしまい、悠介はなんだかおかしい…と首を捻った。 俺とこいつはトモダチかっての。つか、なんでこいつの、こ、コンドームとか買ってやんなきゃなんねぇんだよ! 「うーん、ソレも旨そうだけど、コッチもよさげ……どーすっかなぁ」 真剣に悩んでいるらしいそいつに、悠介はコンドームを押し付ける。 「んなモン自分で買えって」 そのまま、自分の買い物を済ませてさっさと立ち去ろうとしたのだが。 押し付けられたソレをスンナリ手にしたそいつは、一瞬キョトンとした後、ニヤリと悪そうに笑った。そして。 「え、買わないの?つか、無くていーの?」 周りにもはっきり聞こえるような声でそう言った。 「ナマだとイロイロ大変じゃん?」 終電がほど近い時間の店内には、悠介とそいつの他にはくたびれたサラリーマン風の男が二人と、やる気のなさそうな若いバイト店員が一人いるだけだ。その店内の全員の視線が、そいつの手にあるコンドームの箱と悠介に注がれているような気がした。 悠介は、チガウ!と叫び出したい心境に駆られる。 そいつの手にあるコンドームは、別にそれをこれからそいつと悠介が使うわけじゃない! つか、男同士でもコンドームって使う必要あるのか?妊娠するわけじゃないのに?何がイロイロ大変なんだ?男同士のそういう事情なんて知らないっつの! いやいや、そんなことはどーでもいい、だって俺はこいつとそんなことしないし! そもそも誰も俺とこいつがそんなことするとか思ってないだろ、男同士でそんなのとか、普通はすぐ連想しないって。 でもなんか、すごい見られてる気がするけど……いや、それはコンドーム振りかざしてたらそりゃ見るじゃん? そーじゃなくて、コンドーム使わないで女の子とエッチしようとしてる男だとか思われてるのか?そんな無責任な男と思われんのは不本意だし、だから、それ買おうとしてたのは、そいつで俺じゃないし、使うのも使わないのもそいつだし!俺関係ないし! 自分でも混乱して、何を考えてるのかよくわからなくなっている。 ただ、頬が物凄く熱くなって、恐らく赤くなっているであろうことはわかる。 これじゃあまるで、本当に自分がコンドームを使うとか使わないとかみたいな―――。 ブフッと目の前の男が吹き出した。 「カーワイイな、アンタ。ナニソレ、もー、ゴムなんかで、いい歳した男がそんな赤くなったり青くなったりするモンなの?」 そして、彼は、当たり前のように悠介の手からカゴを奪って、そこにコンドームの箱を再び放り込む。ついでのように、悩んでいたアイスを二つとも放り込んで、派手に片眼を瞑ってみせた。 「んなに恥ずかしいってンなら俺が買うから。次は悠介が買ってくれよな?」 意・味・が・わ・か・り・ま・せ・んっ! なんだそれ、俺がコンドーム買ったことない中坊みたいな扱いかよ! じゃなくて、それじゃ、マジで俺とお前がこれからソレ使うみたいじゃないかよ! つか、次ってなんだ!もう二度とないに決まってんだろ!いや違う、一度もないから! 悠介は更に顔を赤くしたり青くしたりしながら、あまりの憤りに言葉が出てこない。 最早、客の二人があからさまに好奇の目を向けてくるのにも気づかないぐらい、そいつを睨み付けるのでいっぱいいっぱいで。 しかし、そいつは悠介のそんな渾身の睨みも全く気にならないふうに、スタスタとレジに向かって、店員の不躾な視線もまるで気にせず会計を済ませる。 「何不貞腐れてんだよ?だから、カワイイんだって、アンタ。そーゆー顔してっと、チューすんぞ?」 全く悪びれることなく戻ってきたそいつは、肩を震わせて立ち尽くしている悠介の腰を、抵抗する間も与えずにがっちり抱くようにしてコンビニを出て、そんなことを言った。 「それとも、マジでゴム使って欲しい?あ、無いほうがイイんだっけ?処女のクセにナマがイイとか、エロ過ぎかよ」
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