始まりの日

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「せーの」 「ふーっ」  男たちが一斉に声を出し、ロープを引っ張っている。  それに合わせ木のレールが敷かれた地面の上を、岩が動いていく。 「せーの」 「ふーっ」  また男たちは息を合わせて、ロープを引く。  その中に、小さな少年がひとり。 「ふーっ」  小さな体をいっぱいに使って、懸命にロープを引っ張っていた。 「ふーっ」  大きく息を吸うと、小さな体が少しだけ膨れ上がる。体は小さく、腕も細い。  それでも少年は、力いっぱいロープを引っ張っていった。 「よし、休憩」  そう声がかかると、男たちはロープを手放し、地面にしゃがみこんだ。  少年も大きく息を吐くと、他の男たちとと同様に地面にしゃがみこんだ。 「アリ」 「ヤンさん」  ひとりの男が、少年に筒を差し出すと、アリと呼ばれた少年は、それを受け取り、すばやく口に含み始めた。 「そうあせるものではないよ」  ヤンと呼ばれた男は、そうアリに声をかける。けれどもアリは大きくうなずきながら、水を飲み進めていく。それをヤンは微笑みながら見つめていた。 「ありがとう」  アリはそういうと、ヤンに筒を返した。ヤンはそれを受け取ると、水を飲み始めた。 「ヤンさん、今日も暑いね」 「ああ」  太陽がじりじりと地面に照り付けていた。アリはあたりを見渡し、木陰を探すが、見当たらなかった。 「大丈夫か、アリ」 「うん」  アリは弱々しい声でそう答えると、ひざをかかえ、ひとりうずくまった。 「疲れたかい」 「うん」  ヤンの問いかけにに、力なくアリは答える。 「休憩、おわりだ」  そこに男の声が響き渡った。  男たちは立ち上がり、また岩に繋がれたロープを引っ張っていく。 アリも立ち上がり、その列に加わり、他の男たち同様にロープを引っ張っていった。  アリが生まれたのは、ここから遠く離れた村だった。  そこには上質な採掘場があり、アリも小さなころからその採掘場で働いていた。アリの父親は、その採掘場を経営しており、アリは父と母に囲まれながら、とても幸せにくらしていた。  ところが、採掘作業中に父が岩の下敷きになり死んでしまうと、アリの生活は一変した。  採掘場の経営者が変わり、アリはそこの採掘場で従業員として働かなければならなくなった。そうしなければ、食べ物にありつけなかったのだ。母は、そんなアリを捨て、生活のために他の家へと嫁いでいった。  アリは、ひとりきりになってしまった。  そんなアリに、他の男たちはとても優しくしてくれた。とくに、ヤン。ヤンは、どこから来たのかわからないが、長い間ずっと、この採掘場で働いていた。ヤンは、アリにたくさんのことを教えた。  字の読み書きや、思想。そして数学、哲学。ヤンはとても、賢く、そしてとても知識があった。 「ヤンさんは、昔何をしていたの?」  アリはそうたずねたことがあったが、ヤンは何も答えなかった。  ヤンは過去を詮索されることを嫌った。だからアリもヤンに詳しくそのことをたずねることはなかった。ヤンさんは、ヤンさんなんだ。ただそれだけだ。アリはそう思っていた。  アリは、5歳になり、初めて、自分の村を出て、岩を引いた。隣の国に向かって。  その国では今、搭が建設されている。その搭は、地上から遥か高く、神のいる国へと向かってたてられているものだった。  その搭を作るために、たくさんの岩が必要となり、アリたちの村で取れる岩は、とても重宝されていた。  アリは、ヤンや他の男たちと一緒に村を出て、岩を引いていった。
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