1人が本棚に入れています
本棚に追加
「ヤンさんどこに行くの」
ヤンに手を引かれながら、アリはそうたずねた。
「アリを、送っていってくれる人のところだ」
「送る?それはどういうこと?」
「アリはこれからひとりで帰るんだ」
「ひとりで?」
アリは思わず問いかける。
「どうして?」
「俺は、他にやることがある」
ヤンは正面を見据えながらそう言った。
「そんな」
アリが手を引かれ、連れられた先には、荷台にたくさんの荷物を積んだらくだと人がいた。
「この子を頼む」
先頭にいた男にヤンは声をかけ、アリの手を男のほうに差し出した。
「ああ、確かに」
その手を男が握ろうとする。
「いやだよ」
それにアリが抵抗する。
「いやだ、ぼくはヤンさんと一緒にいるんだ」
アリはヤンの手を離さぬよう、必死にしがみついた。
「だめだアリ、一緒にいられないんだ」
「どうしてさ」
「これから、とても危ないところに行くんだ」
「危ないところって」
「あの搭の上に」
「搭の上」
アリはそういうと、来た道を振り返った。その先には、あの雲を突き抜けるように塔がそびえたっていた。アリはその搭をまじまじを見上げた。
今日はとても天気がよかったが、やはり搭の先端は雲の中に隠れ、見ることはできなかった。
「だから、連れて行けないんだ」
ヤンはアリにそういった。
「ヤンさんはあの塔に上るの?」
アリが塔を見つめながら尋ねた。
「そうだ」
「どうして?」
アリがヤンを見つめる。
「どうしても、やらなければならないことがあるからだ」
ヤンは塔を見つめながら強い口調でそういった。その言葉にはヤンの決意があふれている。
「いやだよ」
アリがヤンの手をぐっと握る。
「ヤンさんが行くなら、ぼくも行く」
「だめだ」
「だめじゃない」
アリは大声で叫んだ。
「ぼくは、ヤンさんと一緒に行くんだ」
「お母さんに布を届けるんだろう」
「それは」
腰に巻いた布を見て、アリが戸惑う。
「お前は村に帰らなければならない」
「イヤだ!」
「さ、この子を頼む」
「ああ」
ヤンはアリの手を振りほどき、商人にアリを手を握らせると、ひとり搭のほうへと歩いていった。
「いやだよ、ヤンさん」
アリは必死で、商人の手を振りほどこうとする。
「いやだ、いやだ」
アリが叫ぶ。どんどんとヤンが遠ざかっていく。
「いやだ、いやだよ、ヤンさん」
アリは力いっぱいに叫んだ。
そして、
「ああっ」
商人の手を振りほどき、ヤンに向かって駆け出していった。
そして、ヤンにぎゅっと抱きついた。
「いやだよ、ヤンさん」
アリは涙を流しながらそういった。
「ぼくも一緒に行くよ」
「アリ」
ヤンはそういうと、しゃがみこみアリをぎゅっと抱きしめた。
「一緒にいく」
アリはもう一度そう言った。
そしてヤンはゆっくりとアリを抱え、搭のほうへと歩いていった。
「やあ、ヤン、よくきた」
搭の前に立っていたのは、昨日の男だった。
「おっ、その子も一緒か」
「ああ」
男はそういってアリの顔を覗き込んだ。アリはあわてて、ヤンの後に隠れた。
「昨日話したものはこれだ」
そういって、男が布の中から、一体の石像を取りだした。それをヤンが受けとる。
「最近、塔の頂上付近で、いろいろな災いがが起こっているという。だから、この石像を使って、それを封じ込めてもらいたいと思ってるんだ」
「それで、これを一番上まで?」
「ああ。神から許しをもらうために」
「こんなものでか」
ヤンはその石像をゆっくりと眺める。
「一応、優秀な職人に作らせたものなんだけどな」
「まあいい」
ヤンはそれを布にくるんだ。
「とにかく、行こう」
「頼んだ」
「これを運べる台車が欲しい」
ヤンは男にそう言うと
「もちろん用意してあるさ」
男の背後に小さな荷車が用意されていた。
「なら、あとは」
そういうとヤンはアリと目の高さが会うようにしゃがみこんだ。
「いいか、アリ。あの搭の中では、何が起こるかわからない。私は今からこの塔の頂上まで行く。それにどのくらいの時間がかかるかわからない。けれどもアリ、共に行くか?」
そういった。
「もちろん、一緒に行くよ」
アリは力強く答えた。
「この石像を塔の頂上まで届ければいいんでしょ」
アリはそういうと、ヤンから先程の石像を受け取った。
小さなアリにはその石像はずっしりと重たかった。女性を型どった石像。背中には美しい羽がはえている。その石像にアリは思わず見とれてしまう。
まるで、お母さんみたいだ。
「必ず、頂上まで届けるから」
そう言うと、アリは不意に意識を失った。
最初のコメントを投稿しよう!