始まりの日

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「ヤンさんどこに行くの」  ヤンに手を引かれながら、アリはそうたずねた。 「アリを、送っていってくれる人のところだ」 「送る?それはどういうこと?」 「アリはこれからひとりで帰るんだ」 「ひとりで?」  アリは思わず問いかける。 「どうして?」 「俺は、他にやることがある」  ヤンは正面を見据えながらそう言った。 「そんな」  アリが手を引かれ、連れられた先には、荷台にたくさんの荷物を積んだらくだと人がいた。 「この子を頼む」  先頭にいた男にヤンは声をかけ、アリの手を男のほうに差し出した。 「ああ、確かに」  その手を男が握ろうとする。 「いやだよ」  それにアリが抵抗する。 「いやだ、ぼくはヤンさんと一緒にいるんだ」  アリはヤンの手を離さぬよう、必死にしがみついた。 「だめだアリ、一緒にいられないんだ」 「どうしてさ」 「これから、とても危ないところに行くんだ」 「危ないところって」 「あの搭の上に」 「搭の上」  アリはそういうと、来た道を振り返った。その先には、あの雲を突き抜けるように塔がそびえたっていた。アリはその搭をまじまじを見上げた。  今日はとても天気がよかったが、やはり搭の先端は雲の中に隠れ、見ることはできなかった。 「だから、連れて行けないんだ」  ヤンはアリにそういった。 「ヤンさんはあの塔に上るの?」  アリが塔を見つめながら尋ねた。 「そうだ」 「どうして?」  アリがヤンを見つめる。 「どうしても、やらなければならないことがあるからだ」  ヤンは塔を見つめながら強い口調でそういった。その言葉にはヤンの決意があふれている。 「いやだよ」  アリがヤンの手をぐっと握る。 「ヤンさんが行くなら、ぼくも行く」 「だめだ」 「だめじゃない」  アリは大声で叫んだ。 「ぼくは、ヤンさんと一緒に行くんだ」 「お母さんに布を届けるんだろう」 「それは」  腰に巻いた布を見て、アリが戸惑う。 「お前は村に帰らなければならない」 「イヤだ!」 「さ、この子を頼む」 「ああ」  ヤンはアリの手を振りほどき、商人にアリを手を握らせると、ひとり搭のほうへと歩いていった。 「いやだよ、ヤンさん」  アリは必死で、商人の手を振りほどこうとする。 「いやだ、いやだ」  アリが叫ぶ。どんどんとヤンが遠ざかっていく。 「いやだ、いやだよ、ヤンさん」  アリは力いっぱいに叫んだ。  そして、 「ああっ」  商人の手を振りほどき、ヤンに向かって駆け出していった。  そして、ヤンにぎゅっと抱きついた。 「いやだよ、ヤンさん」  アリは涙を流しながらそういった。 「ぼくも一緒に行くよ」 「アリ」  ヤンはそういうと、しゃがみこみアリをぎゅっと抱きしめた。 「一緒にいく」  アリはもう一度そう言った。  そしてヤンはゆっくりとアリを抱え、搭のほうへと歩いていった。 「やあ、ヤン、よくきた」  搭の前に立っていたのは、昨日の男だった。 「おっ、その子も一緒か」 「ああ」  男はそういってアリの顔を覗き込んだ。アリはあわてて、ヤンの後に隠れた。 「昨日話したものはこれだ」  そういって、男が布の中から、一体の石像を取りだした。それをヤンが受けとる。 「最近、塔の頂上付近で、いろいろな災いがが起こっているという。だから、この石像を使って、それを封じ込めてもらいたいと思ってるんだ」 「それで、これを一番上まで?」 「ああ。神から許しをもらうために」 「こんなものでか」  ヤンはその石像をゆっくりと眺める。 「一応、優秀な職人に作らせたものなんだけどな」 「まあいい」  ヤンはそれを布にくるんだ。 「とにかく、行こう」 「頼んだ」 「これを運べる台車が欲しい」  ヤンは男にそう言うと 「もちろん用意してあるさ」  男の背後に小さな荷車が用意されていた。 「なら、あとは」  そういうとヤンはアリと目の高さが会うようにしゃがみこんだ。 「いいか、アリ。あの搭の中では、何が起こるかわからない。私は今からこの塔の頂上まで行く。それにどのくらいの時間がかかるかわからない。けれどもアリ、共に行くか?」  そういった。 「もちろん、一緒に行くよ」  アリは力強く答えた。 「この石像を塔の頂上まで届ければいいんでしょ」  アリはそういうと、ヤンから先程の石像を受け取った。  小さなアリにはその石像はずっしりと重たかった。女性を型どった石像。背中には美しい羽がはえている。その石像にアリは思わず見とれてしまう。  まるで、お母さんみたいだ。 「必ず、頂上まで届けるから」  そう言うと、アリは不意に意識を失った。
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