始まりの日

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 がたがたという音と振動で、アリは目を覚ました。  揺れの中で、何とか体を起こすと、隣には、あの石像があった。  そして、がたがたと動いているのは、車輪のついた箱で、アリは石像と荷物と共に、その箱の中へと入れられていた。  それを引いているのは、ヤン。 「ヤンさん」  アリはヤンの存在に気がつくと喜び、叫んだ。 「アリ、起きたのか。よかった」  ヤンはそういうと歩みを止めた。揺れがおさまる。そしてアリ頬にふれ、おでこをさわった。 「急に倒れるから、びっくりしたんだ」 「ぼく、倒れたの?」 「ああ」  アリは少しだけ、頭を動かして見る。特に変わったところはなかった。  そしてあたりを見渡した。 「ヤンさん、ここはどこ」  ヤンが歩いていたのは、薄暗い、狭い通路だった。幅は大人がすれ違えるくらいだろう。その通路は坂道になっていて、先は長く、真っ暗で、アリの視力でも先まで見通すことが出来なかった。 「ここは搭の中だよ」 「搭の中、ここが?」 「そうだ」  ヤンはそういって、アリから離れた。そして、ロープを握り、箱を引き始めた。 「ヤンさん」  アリはヤンに声をかける。 「ぼく、歩けるよ」  がたがたと揺れる箱の中は少し、居心地が悪い。 「いや、そこに乗っていなさい」 「やだよ」 「まだ体調が回復していないかもしれないんだから」  ヤンの強い口調に、アリはそのまま従った。  搭の中といったが、まっすぐな坂道がずっと続いているだけだった。  アリは後ろを見たが、やはり、どこまで道か続いているのかはわからなかった。  時折、窓から太陽の光が差し込んでいる。アリはそれをぼーっと、揺られながら見つめていた。  だんだんと、その光の色が黄色から赤へと変わっていく。 「ヤンさん、光の色が変わったよ」 「もうすぐ日が暮れるんだろう」  やがてあたりは徐々に暗闇に包まれ始めた。 「ヤンさん」  アリは暗闇の恐怖で思わず声をあげる。その声から恐怖を察したのか、 「今日はここまでにしよう」  ヤンはそういって、ロープから手を離した。  そして、荷車の中のかばんからランプを取り出し、火をつけた。  回りがじわっと明るくなりそして暖かくなった。 「さあ、ごはんだ」  ヤンはそういうと、かばんからいくつかの食べ物を取り出した。  それはどれも乾燥していて、アリは少し食べては見たものの、ちっともおいしくとは思えなかった。  思わず顔をしかめたアリを見て、ヤンは 「おいしくないか」  そうたずねた。 「うん」  アリは素直にうなずく。 「これから毎日、これを食べるんだぞ」 「えーっ」  アリが抗議の声を出す。 「いやなら、ひとりで帰るんだ」  アリはその言葉をきいて、黙りこんだ。そして、ゆっくりとごはんを食べ進めた。 「水だ」  ヤンが筒を手渡してくれる。 「ありがとう」  アリはそれをゆっくりと飲む。 「あまりたくさん飲むなよ」  ヤンがそう注意したので、アリは飲むのをやめた。そして筒を静かにヤンに返した。  ヤンはそれを受け取ると、アリを抱きかかえ、ひざの上に乗せた。 「寒くないか」 「うん」  アリはそう答えた。そしてヤンにそっと寄りかかった。 「ヤンさんはいつもあったかいね」 「ああ」  アリはすぐにうとうとしてしまう。 「もう寝たほうがいい」 「うん」  そういうと、アリはヤンのひざの上に寝転がった。 「ねえ、ヤンさん」  アリが小さな声でつぶやく。 「ぼく、ヤンさんについてきてよかった」 「どうしてだ?」  ヤンがそうたずねた。 「ヤンさんは、とっても優しい人だから。それに、とっても暖かい人だから」 「そうか」 「それにね、」  アリは徐々にうとうとし始めた。 「ヤンさんは、とっても素敵な人だから。ぼくのお父さんみたいに」  そういったアリをヤンは優しくなでてやる。 「お父さん」  アリはそうつぶやくと、いつの間にか眠ってしまっていた。  ヤンはもう一度優しくアリの頭をなでてやりると、持ってきていた布を地面に敷き、アリをそっと寝かした。そしてその隣で 自分も横になった。  アリの寝顔をヤンはじっと見つめていた。まだ小さなアリにこの塔を上りきることができるだろうか。一抹の不安がよぎった。  アリが嬉しそうに微笑んだ。楽しい夢でも見ているのだろうか。それを見て、ヤンも微笑んだ。きっと大丈夫だ。アリは強い子だ。そう自分に言い聞かし、そっと目を閉じた。
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