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アリはまた、荷車のがたがたという音で目を覚ました。
目を開けると、隣には石像があった。そしてがたがたと音をたてる荷車はないのでをヤンが懸命に引っ張っていた。
アリは体を起こす。
「ヤンさん、おはよう」
そして、ヤンにそう声をかけた。
「ああ、おはよう」
ヤンは歩みを止め、アリの方を振り向くと、そう答えた。
「ヤンさん、ぼくも歩くよ」
アリはそういうと、荷車からおり、ヤンの隣に立った。そしてふたりは一緒に歩き始めたる。
「大丈夫か」
ヤンが心配そうな顔で、アリに声をかける。
「うん、へっちゃらさ」
アリはヤンに笑顔でそう答えた。
目の前にはまっすぐな、先の見えない道が続いている。しかし、歩いていくと、道はゆるやかにカーブを描いているのがわかった。
「ぼくたちは搭を上ってるの?」
少し息を切らしながら、アリはヤンにそうたずねた。
「ああそうだ」
ヤンが答えた。
「今は、どのあたり?」
「そこの窓からのぞいてみなさい」
ヤンがそういうので、アリは、光が差し込んでくる窓から少しだけ顔を出した。
窓はほとんど等間隔に並んでいる。そこから差し込む光が、この塔の光源だった。
アリが覗きこむと、そこに見えたのは地面だった。そうほんの数十センチ下に、地面があった。アリはそれを見て驚いた。そして思わず、
「ヤンさん、ぜんぜん上ってないよ」
そう言ってしまった。
「そうだな」
「これなら、上らなくても直接窓から入れそうだよ」
「窓からは入れないよ」
ヤンがそういった。確かに窓は小さく、アリならば通ることができるが、体の大きなヤンには難しいだろう。
「本当に上までたどり着けるの?」
「さあ、どうかな」
ヤンはそう答えると、またゆっくりと歩き出した。
アリはしばらく地面を見つめていたが、置いていかれていることに気づき、あわててヤンの後を追った。
「ねえ、ヤンさん」
歩きながらアリはヤンに声をかけた。
「どうしてあの石像を一番上まで持っていくの?」
「色々なが起こっているからだそうだ」
「色々なことって?」
「災いだ」
「災い?」
アリはそうヤンに聞き返す。
「そうだ。塔の上の方では、今たくさんの悪いことが起こっているそうだ」
「それはどうして?」
「さあ、それはわからないな」
「ふーん」
アリはそういうと、静かにヤンの隣を歩いた。
「けれど、」
ヤンが小さくつぶやく。
「神の怒りかもしれないな」
「神の、怒り?」
「そう」
ヤンは荷車を引き続ける。
「天に近付こうとした、人間に対する」
「近付いたらダメなの?」
「天は、神の領域だからな。決して人間が近づいているいいところではない」
ヤンはそれだけ言うと、口をつぐんだ。
そして二人はまた無言で歩き続けた。
光が強く差し込んでくるようになる。それにつれて、アリは徐々にお腹が減ってくることに気がついた。
やがてアリのお腹がぎゅーっと音を鳴らす。
「お腹がすいたか」
アリはヤンにそう問われるが
「大丈夫」
と、そう答えた。ヤンさんに迷惑をかけてはいけないと思った。それに、災いが起こっているのなら、一刻も早く、石像を頂上まで届けなければならない。アリの到着を待ち望んでいる人がいる。
道の先は、相変わらず窓から差し込む光以外、何も見えない。
「ごはんにしよう」
ヤンはそういうと、足を止めた。
「大丈夫だよ」
アリはヤンにそう伝えたが、ヤンは荷車の荷物から、布を取り出し地面にしくと、その上に座りこんだ。
動くつもりはないぞ。そう、ヤンの目が語っていた。それを見て、しぶしぶ、アリもゆっくりと布の上に座った。
ヤンはアリが座ったことを確認すると、かばんから、昨日と同じ、乾物を取り出した。そしてそれをアリに手渡す。
アリは一瞬だけいやな顔をしたが、それをすぐに元に戻した。
それを見て、ヤンは声を出して笑った。
歩き続けても、だんだんと先が見えなくなっていった。気がつけば、窓から差し込む光が、消えかかっている。もう日が暮れようとしている。
アリはまた窓から外を覗きこんだ。、けれどもこの前見た時と高さは変わらず、ちっとも上になど行っていなかった。
地面は相変わらずほんの数十センチ下にあり、今ならアリでも十分外に出ることができるだろう。
その事実にアリは顔をしかめた。こんなにも上れないだなんて思ってなかった。
「いやなら帰ってもいいんだぞ」
荷車を引きながらヤンが言う。
「いやじゃない」
アリはそう強がりを言って、ヤンの後を歩ついていった。
時折、アリはヤンに変わってロープを引き、荷車を引いたりもした。
しかし、小さなアリには石像と荷物の入った荷車は重く、進むペースが少しだけ遅くなった。
けれど、アリは嬉しかった。ヤンが隣で軽快に歩いている。ヤンの役に立てていることがアリにはとても嬉しかった。
その日も、ヤンとアリは、地面に布をしいて寝た。
アリが市場で買った布にも、徐々に旅の汚れがつき始めていた。色が少しずつだが、あせていっている、アリにはそんな気がした。
けれど、アリはそれを気にしてはいられなかった。
とにかくヤンについていく。アリはそのことだけで、頭がいっぱいだった。
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