始まりの日

8/9
前へ
/24ページ
次へ
 ヤンとアリが歩き始めてからもう、どれくらの月日が経っただろうか。  手持ちの食料と水が底をつきかけていた。  ふたりは日が昇ってからずっと、歩き続けている。水が飲みと思ったが、アリはそれをぐっと我慢した。  ヤンも荷車を引きながら、時折苦しそうな表情を見せていた。 「ヤンさん」  アリが小さな声で問いかける。 「ごはんもお水もなくなったらどうなるの?」 「そのときは、死ぬだけだ」 「そっか」  アリはそれだけ言って、また静かに歩き出した。声を出すのも大変だった。その事実に気がついた。だからアリは黙って坂を登り続けた。  道の先は相変わらず何も見えない。 「ヤンさん」  アリが不意に立ち止った。 「なんだかいいにおいがするよ」  道の先から何かを焼くような香ばしい香りが漂ったきた。 「なんだろう」  アリはそういって、走り出した。  全力で走った。この先に何かがある。アリは確信していた。ヤンはその後を追い、ゆっくりと歩いていく。  アリはにおいのするほうへ懸命に走った。そして。 「わああっ」  思わず目を見開いた。  そこにたくさんの人がいた。搭の中に拓けた場所があった。そこにたくさんの人がいたのだ。洗濯をするもの、畑をたがやすもの、家畜に餌をやるもの、そして、食事の準備をしているもの。  塔のなかに小さな村があった。 「あら、いらっしゃい」  アリの存在に気がついたのか、女の人がアリに声をかけてきた。 「よくいらっしゃったわ」 「あの」 「さ、今飲み物を持ってきますからね」 「あの」  アリはここはどこなのか訪ねようとしたが、女はすぐに家の方へと歩いていってしまった。すぐ後にヤンが追いついていることにアリは気がつき、ヤンの方へと走った。そして、荷車を代わりに引いてやる。  そしてヤンとアリは村に到着した。 「ヤンさん、ここはなに?」  ついて早々、アリはヤンにそうたずねた。 「ここは、この搭の中の村だ」 「村?」 「そうだ」  アリはあたりを見渡す。 「この搭の中に暮らしている人がいるの?」 「そうだ」  その事実にありは驚いた。塔のなかで生活している人がいるだなんて、思ってもみなかった。そして、 「どうして」 とヤンにたずねた。 「搭を作るための人が、休むための場所だ」  ヤンがそういうと、先程の女が水を持って、戻ってきた。 「遠いところ、ようこそ」 「ありがとう」  ヤンはそういって水を受け取った。アリも女に頭をさげ、水を受け取った。 「さ、こちらにどうぞ」  女はふたりを手招きする。ふたりはそれについていくと、そこにはたくさんの食べ物が並べられていた。 「たくさん食べてくださいね」 「わあああ」  アリは思わず声をだした。 「おなかがすいたでしょう」  女のことばに、アリは大きくうなずいた。 「たくさん食べてね」 「うん」  アリはそういうと、早速料理を食べ始めた。そこに他の男たちが現れ、ヤンに酒を振舞わった。 「どちらまで」  男のひとりがそうヤンに尋ねた。 「この頂上まで」 「まあ」  その言葉に女が大きく驚いた。 「頂上までいった人なんて、最近とんとお見かけしませんわ」 「そうですね」 「ええ、そうでしょう」  ヤンが話をしている間にも、アリはご飯を食べ続けていた。久しぶりにみたちゃんとした食事だった。  ヤンたちのほかにも、男たちが数人、輪を作って食べ物を囲んでいた。 「あの人たちは?」  ヤンがそうたずねた。 「ええ、上に資材と食料を持っていかれた方たちです」 「なるほど」 「これから下るそうですよ」 「そうか」 「ヤンさん、これすごくおいしいよ」  大人たちの会話に思わずアリは口をはさんでしまった。それほどにこの料理はおいしかったのだ。 「そうだな、アリ」  アリとヤンは一緒になってご飯を食べた。  そして、食べ終わると、ふたりのために今度はふかふかのベッドが用意されていた。アリは久しぶりのやわらかなベッドに喜び、すぐに眠ってしまった。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加