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ヤンとアリが歩き始めてからもう、どれくらの月日が経っただろうか。
手持ちの食料と水が底をつきかけていた。
ふたりは日が昇ってからずっと、歩き続けている。水が飲みと思ったが、アリはそれをぐっと我慢した。
ヤンも荷車を引きながら、時折苦しそうな表情を見せていた。
「ヤンさん」
アリが小さな声で問いかける。
「ごはんもお水もなくなったらどうなるの?」
「そのときは、死ぬだけだ」
「そっか」
アリはそれだけ言って、また静かに歩き出した。声を出すのも大変だった。その事実に気がついた。だからアリは黙って坂を登り続けた。
道の先は相変わらず何も見えない。
「ヤンさん」
アリが不意に立ち止った。
「なんだかいいにおいがするよ」
道の先から何かを焼くような香ばしい香りが漂ったきた。
「なんだろう」
アリはそういって、走り出した。
全力で走った。この先に何かがある。アリは確信していた。ヤンはその後を追い、ゆっくりと歩いていく。
アリはにおいのするほうへ懸命に走った。そして。
「わああっ」
思わず目を見開いた。
そこにたくさんの人がいた。搭の中に拓けた場所があった。そこにたくさんの人がいたのだ。洗濯をするもの、畑をたがやすもの、家畜に餌をやるもの、そして、食事の準備をしているもの。
塔のなかに小さな村があった。
「あら、いらっしゃい」
アリの存在に気がついたのか、女の人がアリに声をかけてきた。
「よくいらっしゃったわ」
「あの」
「さ、今飲み物を持ってきますからね」
「あの」
アリはここはどこなのか訪ねようとしたが、女はすぐに家の方へと歩いていってしまった。すぐ後にヤンが追いついていることにアリは気がつき、ヤンの方へと走った。そして、荷車を代わりに引いてやる。
そしてヤンとアリは村に到着した。
「ヤンさん、ここはなに?」
ついて早々、アリはヤンにそうたずねた。
「ここは、この搭の中の村だ」
「村?」
「そうだ」
アリはあたりを見渡す。
「この搭の中に暮らしている人がいるの?」
「そうだ」
その事実にありは驚いた。塔のなかで生活している人がいるだなんて、思ってもみなかった。そして、
「どうして」
とヤンにたずねた。
「搭を作るための人が、休むための場所だ」
ヤンがそういうと、先程の女が水を持って、戻ってきた。
「遠いところ、ようこそ」
「ありがとう」
ヤンはそういって水を受け取った。アリも女に頭をさげ、水を受け取った。
「さ、こちらにどうぞ」
女はふたりを手招きする。ふたりはそれについていくと、そこにはたくさんの食べ物が並べられていた。
「たくさん食べてくださいね」
「わあああ」
アリは思わず声をだした。
「おなかがすいたでしょう」
女のことばに、アリは大きくうなずいた。
「たくさん食べてね」
「うん」
アリはそういうと、早速料理を食べ始めた。そこに他の男たちが現れ、ヤンに酒を振舞わった。
「どちらまで」
男のひとりがそうヤンに尋ねた。
「この頂上まで」
「まあ」
その言葉に女が大きく驚いた。
「頂上までいった人なんて、最近とんとお見かけしませんわ」
「そうですね」
「ええ、そうでしょう」
ヤンが話をしている間にも、アリはご飯を食べ続けていた。久しぶりにみたちゃんとした食事だった。
ヤンたちのほかにも、男たちが数人、輪を作って食べ物を囲んでいた。
「あの人たちは?」
ヤンがそうたずねた。
「ええ、上に資材と食料を持っていかれた方たちです」
「なるほど」
「これから下るそうですよ」
「そうか」
「ヤンさん、これすごくおいしいよ」
大人たちの会話に思わずアリは口をはさんでしまった。それほどにこの料理はおいしかったのだ。
「そうだな、アリ」
アリとヤンは一緒になってご飯を食べた。
そして、食べ終わると、ふたりのために今度はふかふかのベッドが用意されていた。アリは久しぶりのやわらかなベッドに喜び、すぐに眠ってしまった。
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