2.海馬の中①

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2.海馬の中①

 村のある日のことだ。随分と空が遠い日だったから、秋のことだろう。少し気の早い木枯らしも吹いていたかもしれない。  何人かの子供たちが神社で隠れん坊をして遊んでいる。一人の少年が茂みに隠れていると、どこかから歌が聞こえてくる。少し音を外しているが聞きなれた歌、尾地里謡。  少年は招かれるように歌のする方へ向かう。神社の裏手の奥、小高い丘になっている場所。そこから村を見下ろすようにして、一人の少女が歌っていた。紅葉する木に背中を預ける彼女を、妖精か何かだと一瞬思った。綺麗な人だった。  少年は彼女のことを知っていた。自分より五つ程年上で、村の外の中学校に通っていること、そして少女の家が村の人から少し距離を置かれていること。  彼女の父は村の開発に積極的で、村民から反発を多く買っていたからだ。そんな父も先日に病で亡くし、村外の出身の母とその娘は、少し肩身を狭そうにして暮らしていた。  繰り返し歌う彼女の歌は、どこか泣いているようにも聞こえた。  空は広く、ありきたりな二人を見下ろしている。  友人達は遊んでいる途中に彼がいなくなったら慌てたり、文句を言ったりするだろう。けれども彼らには自分以外にたくさん友人がいる。しかし目の前の彼女にはきっと、彼女自身しかいない。そう思った少年は知らず彼女の方に歩みだしていた。 「水落橋で、二人で遊ぼう」  そう言った少年を、彼女の瞳が捉えた。
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