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5.海の中③
「この村は、風景保全計画の発展に大きく寄与したある女性研究者の生誕の地でした。彼女はこの村をプロトタイプとしてメインシステムを構築したのです」
再び男と女は橋の上を歩いている。朝の虫がりりりと鳴いている。
「あそこが橋の終わりです」
そう言って案内人の女は足を止めた。
「私はここまでしかご案内できませんが、村はとても良い所です。素敵な時間を」
彼は寂しそうに彼女を見る。
「君にとって、本当にあの村は良い場所だったのかい」
男の問いかけに女は戸惑う。彼は言葉を続ける。
「水落橋はね、元々蛟橋、水神の橋と書くんだ。この下を流れる河は時に酷く荒れ狂うことから、恐ろしい神様に例えられてきたのさ。実際、数十年前にこの河は未曽有の土石流を運んできた。すぐ近くの村を軽々と飲み込んで。折悪くその女性が研究しに、村に戻って来ていた時期の出来事だ」
彼は橋の下、穏やかに流れる河を見下ろした。
「どうして彼女は村に戻ってきたのだろうね。どうして彼女は案内人を、君の姿を、あの日の自分に似せて造ったのだろう」
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