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6.海馬の中③
尾地村を出て数年が経った日のこと、彼はその村に未曽有の大災害が訪れたことを知る。そしてそこに彼女がいたことも。その事実は彼の中の何かを壊していった、喪失感だけが残った。
村の跡地に足を運んだこともあったが、そこはもう別の場所だった。慰霊碑に残る彼女の名前もただの記号でしかなかった。
彼女のいない世界は次第に便利になっていく。仮想空間の拡張・構築は進み、人々の感覚は開かれ、同時に閉じていく。十年、二十年、三十年と彼の時間は徒に過ぎる。彼の頬の皺が深くなり、青年から老年へと。少年だった頃の記憶は次第に曖昧に。
ある日、彼は失われた筈の尾地村の電子記録が発見されたと伝え聞く。そしてそこには、若い頃の彼女を模した電子人格が村の入り口で案内をしているのだと。
気づけば彼は端末に接続していた。電子の海を渡りあの村へと向かう為に。
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