バンドマン

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バンドマン

ライブは後半に差し掛かった。 ライブハウスは熱気に包まれ、Tシャツが肌にへばりついているオーディエンス達の眼は次の曲はまだかと爛々と輝いていた。 暗転している中、スポットライトが舞台の"あなた"に当てられた途端、オーディエンスの黄色い声援が飛び交った。 「このバンドはたくさんの愛で成り立っています。メジャーデビューをすることが出来たのは、ひとりひとり、あなた達が足を運んでくれたから。 感謝しきれない気持ちで一杯です。 音楽であなた達に寄り添って、これからもずっと還元できていければというのがこのバンドの総意です。ずっと愛していてください。」 ”あなた”と他のバンドメンバーも深々とお辞儀をし、会場は拍手と声援に包まれていた。 今でもはっきり思い出せる。 いや、正しく言えば思い出してしまう。 ”あなた”の不規則なイビキも、電気が止められ急に真っ暗になった部屋で笑い合う情景も、耳の裏の癖になる匂いも。 「デビューしたら、10年後、20年後になるかもしれんけど、銀座の回らない寿司屋に連れてってやるからな!大将におまかせって言ってやろ。」 そんな”あなた”が夢を叶えた。 路上ライブで2,3人の為に声を枯らして歌っていた頃とは考えられないくらいに大きくなった。 大好きな”あなた”が夢に向かっていくのが嬉しかった。 ただ、どんどん遠くへ行ってしまう”あなた”を見て不安にも思った。 着実にファンを増やしていくのに反比例して、私への愛は薄くなっていった。 人気になり、忙しくなったなら仕方ないと言い聞かせていたけど、私の眼を真っ直ぐ”あなた”は見なくなった。 歌詞の”あなた”が、私ではなくなった。 私にとっての歌詞の”あなた”はいつも”あなた”なのに。 あなたの頭を私で埋めるためには、 あなたのように音楽も出来ないし、私にはなんの魅力もない。 ライブへの帰り道、あなたの”あなた”への復帰方法を思いついてからは早かった。 ******************************************************* 「この時間に人身事故なんてついてねーよなぁ。死ぬなら樹海とかいって独りでに死んでくれねーかな。早くもっと売れて、車での送迎にしてもらおうぜ。」 「なんかSNS見てたんだけど、人身事故の犠牲者、俺たちのバンドTシャツを着てたみたいだぞ。きっとライブ終わりの俺らのファンだよ。」 「へー。まあファンあれだけ増えればねえ、死んじゃうファンもいるかー。んなことはどうでもいいから、早く帰りてー。歌いすぎてノドがイガイガしてるよ。」 「そーいや、あの付き合ってたコとは最近どーなのよ。」 「どのコのこと?いっぱいいすぎてわかんねーけど、どれもなんか重くなっちゃったからやめちったー。また新規開拓しなきゃ。」 **************************************************** どんな夢を見ていたかわからないが、悪夢に違いない。 寝汗が全身にまとっていて、寝巻きも冷たく、気持ち悪くなっている。 隣で寝ているあなたは相変わらず、不規則ないびきをかき、幸せそうな顔をしている。 「悪夢を見せないくらい、早く売れて安心させて欲しいな。」 と小声で”あなた”に呟いたが、起きる気配はない。 ”あなた”の頬を、指でなぞりながら、また私も眠りについた。
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