母の誘《いざな》い

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「水のある場所は事故を思い出しちゃうから、見学しているのかと思ったけれど」  実際はそうではなく、水場に近寄ると、母親が藤田さんをあちらの世界に連れて行こうとするから、絶対プールには入れないでくれと、父親からきつく言われていたという。  眉唾ものの話ではあるが、事実藤田さんはプールだけでなく、自宅の浴槽内でも溺れかけたことがあり、 「誰かに足を引っ張られた」 と証言しているのだと。  父親曰く、母親の死は事故ではなく、子供を道連れにした心中だった可能性が高いらしい。 「学校のプールでも、何人かの生徒や先生が見ているのよね。藤田さんのお母さんらしき、赤ちゃんを抱いた女性の姿を。でも話をしたのは貴女がはじめてだわ」  女性の額に張りついた濡れた前髪の理由は、汗ではなかったのかと、弥生さんはちっとも嬉しくない「はじめて」に震えた。  その後、藤田さんは父親の転勤を機に転校し、以降の消息は不明だという。  母親が、藤田さんも道連れにしようとすることを、もう諦めていて欲しいと切に願う弥生さんであった。 【了】
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