とりあえず

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とりあえず

   そこから40分。 (抜け道使うんじゃなかった、のんびり帰れば良かった、朝帰れば良かった) そう思いながらやっと車庫に車を入れた。  両親が遺した家はちょっと田舎風。キッチン・トイレ・バスルームは都会風。縁側があってしまい忘れた風鈴がちりんちりんとうるさい。いい加減取らないと、と思いつつもう11月が目の前だ。両親は障子が好きだったからいまだにそのままにしている。だから結構いい佇まいだ。庭はそれほど広くないけど雑草は寒さで退散したからちょっとは見栄えがいい。使い道は洗濯ものと布団を干す程度。あとは天気が良ければ縁側に座ってぼーっと眺めてるくらいだ。  とにかく夜も遅い。赤ちゃんをなんとかしないといけない。途中のコンビニで買ったキッチンペーパーを赤ちゃんのケツに……お尻にあてた。その上からバスタオルを巻いて、鈴蘭テープでまとめる。ミルクなんて無い。どうしようかと思ってネットサーフィン。 「あ、これどうでしょう!」 男が言うから『緊急時の赤ちゃんのミルク代わり』ってヤツを開いた。 ①炊飯器でご飯を炊く時に、お米の真ん中に空っぽの湯呑みを入れて炊く ②湯呑みの中に栄養価の高いオモユが溜まる ③これがミルクの代用  早速ジャーで飯を炊くことにする。湯呑みが無い…… まあいっか、と小さめのマグカップを突っ込んだ。早炊きだから30分ちょいで出来上がるだろう。  これでほっとして、気がついた。 「なんで俺だけこんなあくせくしてんの? なんであんたは何もやんないの?」 「だって赤ちゃんってどうしたらいいか分かんないし」 「分かんないって……あんたの子だろ?」 「さぁ……そうなんでしょうか」  この辺でいろんなことをきっちりさせておきたいと、俺は男の正面に胡坐をかいた。 「何も分からない?」 「はい」 「欠片も?」 「はい」 「病院はやなの?」 「はい」 「……」  聞くことが無くなった。赤ちゃんにも何も無くって、分かってるのは男の子だってことだけ。 「明日、警察に連れてってあげるよ」 「いや、それは」 「なんで? 何も分かんないんならいいじゃん!」 「それは良くないって、イヤな予感がするんです」  赤ちゃんの様子は元気だ。今のところゴワゴワするだろう『おむつっぽいもの』にも文句を垂れてないし。飯が出来るまでまだ間がある。 「じゃ、先に俺が自己紹介する。俺の名前は四月一日九十九。26になったばかり。この家に住んでんのは俺一人。外人みたいにきれいに見えるだろうが、外人じゃなくてハーフ。仕事はあまり生活に困ってないからフリーター。さっきはバーが閉まってから帰って来る途中だった。バーテンダー見習いやってんの」  話が終わってしまう。よくよく見てみる。まだじっくり見てなかった。真っ黒じゃなくてちょっと茶色っぽい(……多分栗色ってこんな感じ?)長めの髪。目鼻立ちはすごくいい。俺よりきれいか? なかなかそんなのはいないんだけど。目は黒で、純日本人には見える。背の高さは俺よりちょっと低め。肌は赤ちゃんみたいにきめ細かくて滑らかそう。年は同じくらいか? もうちょっと若いか? 「名前無いって不便だよな」 なんとなく呟いてしまった。男が期待するような目で俺を見る。 「しばらく……ここにいる? 落ち着く先がなんとかなるまで」 「はい!」 なんだか可愛いわんこに見える。しっぽがぶんぶんしてそう。  またネットサーフィンでざっとニュースを流し読み。大の男と赤ちゃんが消えれば何かしら出てるかも……と思ったけどまだのようだ。 「じゃさ、とりあえず3日間。ウチにいていいよ。その後はまた考えよう」 「はい!」 「名前だけど。不便だからさ、適当につけようか」 「いいの、お願いします!」 「いいのって……なんか希望ある?」 「四月一日九十九さん。不思議な感じがする…… 数字でいいのないですか?」 またまたネットサーフィン。 「ホントに任せる?」 「はい」 「じゃ、八九百(やくも)! って、冗談だけど」 「それがいいです!」 「冗談だって」 「カッコいいですよ、それにします」 ついでと言っちゃなんだが、赤ちゃんの名前は『十八(とわ)』となった。   
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