第3話 ともだち

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第3話 ともだち

 翌週、千夏とあげはが近所のスーパーから帰ってきたお昼過ぎ、団地の前に幼稚園バスが着いた。ママたちがお迎えに来ている。もしかしたら、こないだのヘレナちゃん降りて来るかな。  千夏は少し離れてバスを見守った。見るとママたちの中に一人、外国人らしきママがいる。あの人がきっとヘレナちゃんのMomなんや。バスの出口からは幼稚園の先生に補助してもらいながら、子供たちが降りてくる。地面に降り立った子供は、お迎えのママと手を繋ぎ、先生にバイバイと手を振ってそれぞれの棟に向かって歩き出す。 バスのステップに最後の一人が現れた。幼稚園帽から金髪がはみ出している。あ、あの子や、ヘレナちゃん。千夏はあげはの手を引っ張ってバスに近づいた。 「あげは、こないだブランコ乗せてくれたヘレナちゃんやで」 バスに向かってバイバーイと手を振ったヘレナは振り返ると、こちらを指差した。母親も一緒にこちらを見る。千夏は頭を下げて声を掛けた。 「こんにちは。ヘレナちゃん、こないだは有難う」 ヘレナは無言で頭を振ると、Momの方を見る。お母さんには日本語通じるかな。 「あの、18号館の沢井と言います。先日公園でヘレナちゃんにブランコ乗せてもろて、しっかりして可愛いですねえ、ヘレナちゃん」 「そうだったんですか。私はリンドと言います。ソフィア・リンドでーす。ヘレナほど日本語できませんけど、すみません」 「ソフィア!素敵なお名前ですねー。でもそれだけ喋らはったら大丈夫ですわ。こっちはウチの あげは です。3歳になったとこで、来年から幼稚園です」 ソフィアはやや外国人訛ながらも、きちんと解る日本語を喋った。千夏はほっとした。 「ウチは302号なんですけど、おんなじ18号館ってヘレナちゃん、言うてはったんですけど」 「はい、507です。階段大変です」 「一番上までは辛いですねえ。こんな可愛い子がいるって今まで全然気ぃつきませんでした」 「うーん、幼稚園入るまでは外、あまり出ませんでした。日本語もちょっと違うですから」 「ああ、なるほど。じゃあまたウチに遊びに来て下さい。ヘレナちゃんやったら大歓迎ですわ」 「ありがとございます。ヘレナ、えっと、あげはサン、遊びに来てって。Three Zero Twoのおうちね」 「うん。あげはちゃんやろ。こないだ覚えた」 「ヘレナ、一つお姉さんだから、あげはサンのこと、ちゃんと見るよ」  あげはは少し力を込めて千夏の手を握ったまま何も言わない。ほんまに人見知りやなあ、この子は。 「じゃあ、ヘレナちゃん、リンドさんまたね。あげは、バイバイして」  あげはは小さく手を振って、千夏に引きずられるように歩いて行った。その様子をしばらく眺め、ソフィアもヘレナの手を握って歩き始めるとヘレナが聞いた。 「Mom,what does AGEHA mean」 聞かれたくない事を喋る時に英語を使う技をヘレナはどこで身に着けたのだろう。ソフィアはヘレナと繋いだ手を羽根のように揺らした。 「Butterfly,swallowtail」 「aha」  以来、あげはとヘレナは互いの家に二度ずつ遊びに行った。ヘレナは場を(わきま)えたいい子で、あげはもヘレナの家ではめっちゃ大人しく、手が掛からない。千夏とソフィアは伸び伸びと、互いの家の事を少しずつ話した。その結果、リンド家は北欧出身である事、夫が日本のアニメに傾倒し、現在はインバウンドのツアコンをやっている事の知識を得た。千夏は自宅で、夫に嬉しそうに話した。 「すっごいよ。家の中は3か国語やて。ようそれでやってるんやなあって思うけど、世界ってそう言うもんなんや。でも子供って凄いねえ、1年でヘレナちゃん日本語ペラペラ。時々ソフィアさんに通訳してくれるんやて」 「へえ、一緒に遊んでたらあげはも英語、覚えるかなあ」 「覚えるんちゃう?どんどん一緒に遊ばせよ。ECCとか要らんし、クッキー焼いて持っていくくらい、安いもんやわ」  しかし肝腎のあげはの頭には、ヘレナの印象は薄かった。それより高く上がったブランコを良く覚えている。とりわけブランコを漕ぎながらピョンと地面に降り立ったその姿。あげはもやってみたい。でも恐い。でもやってみたい。小さな頭の中はその思いで占められていた。
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