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第二話 それぞれの名
「どうぞ、こちらの貴賓室をお使い下さい」
先刻いた謁見の間とかいう部屋から少し離れた所にある部屋。
「貴国の話をお受けするかどうかも含め、八人で一度話しあって情報を共有して混乱を収めさせて頂きたい」
と希望した狼野郎の言葉を受け、俺達八匹はえるふによってここに案内してもらった。
「お話が終わりましたら、扉の外にいる近衛兵にお声掛け下さい」
それだけ言うと、えるふは一礼して部屋を出て行った。
重厚な扉が閉まって周りがシン…となる。
「………」
他の奴らの顔を改めて見てみる。
それぞれ耳や鼻に動物っぽさが混じっているとはいえ顔立ちは人間そのものだ。
その所為で、各々の表情に不安や混乱の色が浮かんでいるのはよく見てとれた。
しかし眼鏡が無くても遠近どちらもよく見えるとは便利な体になったもんだ。
「さて……情報の共有をさせてもらっても構わんかね？」
最初に口を開いたのはやはり狼野郎だった。
自分がこの８人の中で長たる者って雰囲気が何か気に食わねえけどな。
「好きにしたらどうだ」
俺の言葉に、フム…といった感じで顎をさすり周囲を見る。
俺以外の六人も一様にコクリと頷く。
「ではまず自己紹介…というか覚えている記憶なのだが、私は東郷 兵衛と言う」
「なっっ…!!!!」
思わず声を上げちまった。
東郷兵衛だと!?
「てめぇ、あの東郷か!?」
俺の声に再び顎をさする東郷。
「お前の言うあの東郷がどの東郷かは分からんが恐らくそうだろうな犬人間…いや、南部」
「な……」
俺は驚きのあまり口をパクパクさせた。
あの時、こんなおかしな世界に引っ張られたのは俺だけじゃあなかった。
「南部…？ お前さんもしかして……南部幸次さんかいの!?」
髭もじゃの小せぇオッサンが俺を指さす。
髭と髪の毛の境目が分からんほど毛だらけだ。
「あん？そうだがおメェさんは…」
「俺じゃ！ 北山じゃ！ 北山虎鉄じゃよ!!」
「北…山……？ お前さん、もしかして俺と将棋打ってた北山さんかぁ!?」
「ほうじゃほうじゃ!!」
ここに来て北山と再開できるたぁ、神様も粋な事をしやがるもんだ。
俺は北山の肩を、北山は俺の腰回りバンバンと叩いて再会を喜ぶ。
「おメェさんとの将棋の勝敗もまだ有耶無耶だしな！ 決着をつけんとなぁ！」
「そうだな南部さんよぉ！ 俺とした事がどうやらあれから―――」
「すまないが、再開の感動話は後にしてもらえないか？ まだ全員の紹介が終わっていないんだ」
熱く身の上を語ろうとした北山の言葉を東郷が冷たく遮った。
「あ、あぁ、すまねぇな…」
東郷の冷めた視線に北山が言葉をつぐみ、軽く頭を下げたのを見て俺は腕組みをして小さく舌打ちする。
本当にいけすかねぇ野郎だ。
「失礼。紹介を続けよう」
「次は…私ですかねぇ…？ ええと、私は冬木源一郎と申します」
東郷の右隣にいた、金色の髪を肩下まで伸ばしたえるふが口を開いた。
顔立ちはさっきのえるふもそうだが、日本人と違って面長で海外の俳優みてぇな綺麗なツラだ。
「冬木さんか。次は？」
東郷が冬木の隣にいた兎人を見やると、緑の巻き毛をふわっと肩ぐらいまで伸ばした小柄な兎人がゆっくりとお辞儀する。
「私は佐野あきと申します」
佐野はどっちかってと日本人寄りだろうな。
パッチリと大きな瞳にそんなに高くねぇ鼻。
テレビで見た、今時の若ぇ娘みたいな雰囲気がする。
「次はアタシかね？」
俺をさっきすげぇ力で押さえつけた赤髪の虎女。
佐野と違って強気に見えるつり眉に鋭い目つき。
髪型も洒落っ気は一切なく、長いのが煩わしかったからざっくり適当に切ったって感じだぁな。
「アタシは夏目静子。南部さん…でいいんかね？ さっきはすまんかったねぇ」
自己紹介をした虎人は片目をつぶり、申し訳なさそうに苦笑いをして片手を上げた。
口の端から見える鋭い犬歯が虎らしさを強調してるな。
「いや、俺が悪かったから気にすんな……」
俺は手をヒラヒラと振って言葉を返す。
「そ、あんがとねぇ」
こっちの虎の姉ちゃんはサバサバしてて俺からすりゃあ好印象だな。
「…西海仁」
夏目の横にいた狐人はそれだけ言って近くの壁に寄りかかる。
銀色の短い髪に、狐人と言われりゃあ納得の狐目の男だ。
「……」
口を真一文字に結び瞳を閉じている所を見るとすでに自己紹介は終わったようだ。
表情からは何の感情も読み取れねぇいし口数も少ない……よく分からねぇ奴だ。
「……」
西海の隣にいたさらさらの黒髪を腰辺りまで伸ばした猫人がまごついている。
「次は…貴女かな？」
なかなか話し始めない猫人に対して自己紹介を促すように東郷が声をかけた。
「あ……私……は……佐藤…、佐藤はるです…」
それだけ言うと顔を伏せて黙り込んでしまう佐藤。
佐藤…はる……。どっかで聞いた覚えが……
「佐藤さん……ふむ」
「俺は北山虎徹だ。まぁ、さっき名前は言ったんだけどな、ワッハハハッ！」
佐藤と俺の間に居た北山が改めて名を名乗り、豪快に笑う。
北山の背丈は俺の胸くらいまでしかねぇが、がっしりした筋肉質の体つきのせいか、あまり小さくは感じない。
性格も豪放磊落で小気味が良い男だ。
おっと、最後は俺か。
東郷の野郎に何か言われる前にサッサとこなしちまうに限る。
「俺は南部幸次だ。宜しく頼む」
それだけ言って俺は近くにあった椅子にドカッと座ってやった。
まぁ、全員棒の様に突っ立ったままってのも何か変だしな。
俺が座る事で他の奴らも座りやすくなるだろうよ。
読み通り、佐藤と佐野、それから冬木が辺りを一瞥してからそれぞれ手近な椅子に腰をかけた。
「……佐藤……南部……北山、東郷…」
腕組みをし、俯いていた東郷が聞いた名前をぶつぶつと復唱している。
その苗字には俺にも心当たりがあった。
「しっかし東郷といい北山サンといい、まるできずなの家みてぇだなぁ…」
俺が北山に対してボソリと呟いたグループホームの名前に、皆の視線が一斉に集まる。
「な…なんだよ…」
全員の視線を受けてたじろいだ俺を見て、
「どうやら…そのようだな」
東郷一人だけが俺の出した答えにニヤリと笑みを浮かべやがった。
東郷は言葉を続ける。
「ここにいる八人はあのグループホーム「きずなの家」からこちらの世界に来た、という事で間違いはないだろうか？」
東郷の問いかけに皆が東郷に向き直り、一様に頷く。
「だそうだ。それで南部、これからどうするのかね？」
「何で俺に聞くんだよ…」
俺の問いに東郷はひょいと肩を竦めた。
「私主導で話が進むのが面白くなさそうに見えたからね」
こいつの人を見透かしたような態度は本当に腹が立つ。
だが俺もいいトシした大人だ。
ここで変に噛みつくのはガキみてぇだし、いっちょ紳士的に答えてやろうじゃねえか。
「別に？ 面白いも面白くねぇもねぇよ。そんな事より随分と落ち着いて物事を判断してやがるじゃねぇか？ まるでこういう事態を想定してたみたいによぉ」
「南部さん、またそんな喧嘩腰に…」
北山が俺の腿を小突き、囁くように話しかけてくる。
ん？ 俺、喧嘩腰だったか？
「お前さんの目から見ても落ち着いて判断しているように見えたのなら良かったよ。相手に弱さを見せようものなら交渉も有利に進められんからね」
「成程。いやはや、あからさまに狼狽えていた自分がお恥ずかしい限りです」
と冬木が後ろ頭を掻いた。
「いえ、私も無知に近いものでどう話を持っていけばよいか手探りでしたよ」
と、冬木の言葉を受けて東郷が謙遜の言葉を返す。
悔しいが面の皮の厚さはアイツの方が一枚上手…いや、一枚も二枚も分厚い皮のようだ。
「そんじゃあ引き続き東郷サンがまとめ役をやるんが適任だろうよ」
ぶっきらぼうに俺が答えると、東郷は「そうか」とだけ言葉を返した。
「さて…今後の話だが…。まずはこの国に協力するか否か、という話をまとめておきたい」
「協力……」
東郷の話に、佐野がポツリと呟きを漏らす。
「アタシらが元居た世界にはもう帰れないっていう話だったねぇ」
「ああ」
夏目の問いを受け、東郷が頷く。
「真偽は分からないが、先刻聞いた情報によるとそのようだ」
「じゃあこの世界で生きていくしかないって事さねぇ…」
小さくため息をついて夏目が自分の体をしげしげと眺める。
「この世界はどんな世界なのかのう…」
東郷と夏目の話を聞いていた北山が俺に尋ねてくる。
「さぁなぁ…。えるふやら犬やら狼やらの動物人間がいる世界だからなぁ。見当もつかねぇや」
「ほうじゃのう…」
「私は一体どうなってしまうの…」
「私には分からない……です…」
「それにしてもこの身体は…いやはや…」
「私は」
それぞれに不安な心情を吐露しあっていたが、東郷が言葉を発した事で全員会話を止める。
「…私は、ひとまずこの国に協力した方がいいと考えている」
「滅亡しそうな国家なのに、か？」
東郷の意見に、今までずっと黙っていた西海が口を開いた。
「ええ。今の我々には情報がないからです。この国の状態を始め、この世界にどんな国家があるのか？人種は？文明は？協力を断ればすぐさま処刑されるのか、もしくは投獄されるのか…それすらも分からない」
確かに…。
何か素直に同意するのは癪だが東郷の言う通りだ。
今の俺たちは何も知らなすぎる。
「情報を収集するまでは協力をする…という考えでいいのかい？」
「幸運、と言っていいのか分からないが我々を呼び出した連中に高圧的な態度はなく、むしろ友好的だった。こちらが聞いたことに対しても誤魔化さずに返答を返してくれたしね。仮に協力を拒んで逃げたとしても土地勘のない我々はすぐに捕まるだろう」
東郷の言葉を聞いて西海が納得したように、二度頷いた。
「合点がいった。それならワシは東郷さんに賛成する」
「他の皆はどうだろうか？」
先ほどの東郷を西海の理路整然としたやり取りを聞いた上で、反対意見を言える奴は誰一人いなかった。
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