始まりのお話 出会いは些細なきっかけだった

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 コーヒー飲めます?と尋ねられて、あまり得意でもないのに飲めますと意地を張ってしまう自分が嫌になりながら、どこを見ていれば良いか分からず、ひたすら俯く詩織にこういうの苦手なんですよね。と逆に申し訳なさそうに謝る淳史に私こそすみません。と謝る 「せっかく、私なんかのために時間作ってくれたのに、こういうの慣れてなくて……」 「こちらこそいきなり俺みたいなのが来たらびっくりしますよね」  苦笑いを浮かべて、笑い声を漏らした淳史はここマスターが俺の知り合いでそういうの気遣ってくれるんで安心しちゃうんですよ。と話す姿に詩織は、俯いていた顔を上げる (もっとああいう世界の人ってもっとギラギラしてるイメージがあったけど……)  どこか親しみやすそうな雰囲気に微かに笑い声を漏らしたあと、コーヒーを来たのを合図にずっと嵌めていたマスクを外す 「あっ、ずっとマスクしててすみません。失礼とは思っていたんですけど、人に顔見られるの好きじゃなくて……」 「こっちが無理にお誘いしたんで、気にしないで下さい。あっ、コーヒーもしかしたら苦手なのかなって思って、勝手にカフェオレにしましたけど良かったですか?」 「ありがとうございます…………じゃあ、この一杯だけ」  遠慮がちにマグカップを両手で抱えるように握って、前から感じる視線を気にしながらカフェオレを口にすると飲みやすい甘さにおもわず美味しい。と呟いた。  詩織の反応に安心したように笑みを浮かべると定期券拾ってくれたのがあなたで良かった。と溢すのが聞こえる 「……私なんかで良かったですか?」 「あっ、変な意味じゃなくて、ただ俺の事分かっても驚かないし」 「……プライベートで誰かにバレたらいけないかなと思って、あっ、やっぱり反応した方が良かったですか? テレビではよく拝見するので、すごく驚きましたし」  すぐ気遣ってしまって疲れられるんですけど、と自虐的に答えると助かります。と苦笑いを浮かべる (芸能界はプライベートがほとんどないって聞いたことあったけど、あれは本当だったのか)  それなら長居していてはいけないと急いでカフェオレを飲み干そうとして、口に含もうとして予想以上の熱さに顔をしかめる 「熱かったですか?」 「あっ、猫舌なの忘れてただけです」  ご心配お掛けしました。ともう一度飲み直して、カフェオレを飲み干し、ご馳走さまでした。と頭を下げると詩織は、これ以上プライベートにお邪魔する訳にはいきませんので、私はこれで失礼したいと思います。と言って、財布を出そうとするのを制止させた。 「定期券拾ってくれたお礼です」 「えっでも……」 「払ってしまったらお礼になりませんから」  払わせて下さい。と言われて、財布をカバンの中に仕舞うと客足が増える前にマスクをはめ直し、少しずれた眼鏡が整えるとカバンを抱えるように立ち上がった。 「本当にありがとうございました。……これからもお仕事頑張って下さい」 (もうこうして会うことはないから、せめて……)  そんなことを思いながら、立ち去ろうとした詩織を呼び止めた淳史は、また会えますよね?と一言 「えっ?」 「あっ、すみませんいきなり、でもなんか話してたらすごく楽しくて」 「ほとんど話してませんけど……」 「それが俺にはちょうど良くて、また連絡しても良いですか? もちろん無理にとは言いませんが、出来るならただの副島 淳史として、お友達として」 「……何かあったときが大変なんで、これ以上は」  断ろうとした詩織にじゃあ俺の話を聞くだけでも良いです。家族以外で相談に乗ってくれる人が欲しくて、と言われると少し困ったような表情を浮かべるが、短い沈黙のあとに話を聞くだけなら……と頷いていた。  快諾してくれたのが嬉しかったのかまた笑みを浮かべてくるとこれっと通話アプリのIDの書かれた紙ナプキンを手渡される 「また無理言ってすみません」 「……じゃあ私はこれで」  頭を下げて、足早に喫茶店を出た詩織は、手渡された紙ナプキンを握り締めて、なんで断らなかったんだろう私、と疑問と後悔を抱く 「……私なんか、何もないのに」  何もないからこそあんなお願いされたのかなと思いながら、人目から逃げるように家に帰った。
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