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even if
Even if
「すごくオシャレなバーね。」
「たまたまね、見つけたんだ。」
「こんなところに女の子連れてきていつも口説いてるわけ?」
くすくす笑う彼女に微笑む。
「さぁね。」
キャンドルライトが優しく揺れるカウンター。
緩いリズムを刻むBGMに、壁に掛けられた独創的な絵を褐色の間接照明がゆるゆると照らす店内。
たまたま見つけたって言ったけど、本当はずっと前から君を連れてきたかったんだ。
「いつまでもフラフラしてないで、早くタカシもひとりの人に決めた方がいいわよ。」
そう言い左手に光る指輪を嬉しそうに見つめている。
「生憎間に合ってるんで。」
「またそう言って。」
僕の言葉を笑いながら受け止める君。
「でもね、タカシには本当に感謝してる。」
「なんだよ、気味悪い。」
悪態を吐くけれど、それも僕等の関係だから。
「男勝りな里佳子が結婚するなんて知ったら、みんな驚くだろうな。」
「もうっ!」
頬を膨らませ怒るクセ。
昔から変わらない。僕しか知らない姿だったはずなのに。
「もう朝まで愚痴電話から解放されるかと思うと、心底祝福しようと思うよ。」
「ほんとに意地悪ばっかり。」
そんな電話もきっと明日からは来ないだろう。
僕だけに見せてくれていた弱さも、きっと明日からは他の誰かのものなのだから。
でも、今だけは・・
このバーボンと、君のカシスソーダがなくなるまでは・・・・
「おめでとう。」
「ありがとう。」
触れ合うグラスが可憐な音を響かせる。
ずっとそばで見てきた。
寄り添ってきたつもりだった。
でも、君の心に僕の想いは届かなかったね。
「よく許してくれたね。」
「えっ?」
「新郎様。」
「ちゃんと言ってあるもの。幼馴染と飲んでくるって。」
「それが男だってことも?」
「えぇ。」
幼馴染、ね。
「寛容な旦那様で良かったな。」
「うふふ。」
幸せそうな顔をしちゃって。
僕が今どんな気持ちかも知らずに、そんなに無防備な姿をして。
鍵をかけて時間を止めて、君がここから離れられないように出来るなら、どんなにいいだろう。
その笑顔をいつまでも僕だけのものに出来たなら・・・
カランと華奢な音がするグラスを傾けてカシスソーダを口にする君。
酔っぱらっちゃった。って、少し昔のことみたいに、僕の肩に寄りかかればいいのに。
何事もなかったあの頃のように、少し甘えた声で。
・・こんな風に思うなんて、酔い始めているのかな。
でも言えるはずないじゃないか。
こんなに幸せそうな君の笑顔を見せられたら。
言いかけたすべての言葉を飲み干して、僕は君から目を逸らした。
「彼がねっ、この間も・・」
微かな沈黙が訪れると、君は決まって【彼】の話ばかりを繰り返す。
「それ、この間も聞いたよ。」
「えっ?!ほんと?」
君のことならどんな些細なことだって知りたいけれど、君のその唇から紡がれる彼の話を聞く度に、胸の奥が嘘みたいに重くなる。
「じゃあ、あの話は??」
嬉しそうに話を繰り返す君を尻目に、タバコに火を着ける。
「ねぇ!聞いてる?」
「ん?あぁ、」
そうなんだ。よかったね。
その言葉を発するのが嫌で、その為だけにタバコに火を着けていること、きっと君は何も知らないんだ。
何も良くない。
君が他の誰かのことをそうやって嬉しそうに話すたびに、僕の心は擦り減る。
・・でも、それがなくちゃ君は僕を必要とはしないよね。
このバーボンとカシスソーダを飲み干してしまえば、君はまた彼の胸に帰ってしまうのだから。
時が止まればいいなんて夢みたいなこと、本気で思っている。
時計の針はまもなく0時を知らせようとしている。
終電を逃してしまえばいい。ここから帰れなくなるように。
僕だけの君になるように。
こんな独りよがりな気持ちでも、きっと僕は【彼】よりずっと君を愛している。
「ちゃんと飲んでる?」
「飲んでるでしょっ」
ぐいっとグラスを傾け綺麗な色のカクテルを煽る君に、とても不道徳なことを考えてしまう。
「もう一杯いく?」
「いいわよ。」
君もいっそ酔ってしまえばいい。
彼のことなんて忘れて、そして僕しか見えなくなれば・・・
君の真似をするように残りのバーボンをぐいっと煽る。
カランと虚しく響く氷の音。
静かにグラスを置くと、腕時計に目を向けた。
「・・嘘だよ。もう終電逃すから。行こうか。」
「里佳子。」
振り返る愛おしい君。
「なに?」
「世界で一番幸せになれよ。」
「どうしたの?まさか酔ってるの?」
「・・少しね。」
少しどころじゃないけれど。
いつまでも僕は君に酔わされっぱなしだよ。
君だけは永遠に、君だけが永遠に。
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