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「なあ、うちもお着物欲しいねんけど」
横では菊乃が甘えた声でそう言っている。
「おお、そうか。それなら今度、一緒に見に行こうか」
「ほんまに? 嬉しいわあ!」
どうやら剣持へのおねだりが成功したようだ。菊乃の抜け目のなさは健在だな。
以前、葵にそれとなく菊乃の気持ちを聞いたことがあった。商売ではあるが、菊乃の態度はまるで実際は剣持に気があるのではないかと思うことがあった。
だが葵が言うには、二人の間に特別な何かがあるわけではないらしい。しかし、菊乃が剣持のことを特別に気に入っていることも間違いないらしい。
おれが言うのもなんだが、商売柄、本気で勘違いする客もいる中で剣持は菊乃に一途でありながら節度を守っているのだという。彼女は剣持のそういうところを信頼して気を許しているのではないかと葵は言っていた。
ただ、それ以上の関係を菊乃が望んでいるわけではないとも。彼女は芸妓として誇りを持っているのだといい、客と関係を持つことは以ての外だと考えているようだ。
それを剣持がどう思うかはわからないが、聡い彼女らしいと思った。
「――めっちゃ綺麗やけど、高いんやろなあ」
「なんぼしはるんやろか」
成田の周りに侍っている舞妓たちが、葵の着物を眺めながらコソコソと話している。
「ありゃあ、うん千万は下らんだろうな」
成田の言葉に舞妓たちが度肝を抜かした。
「そ、そないにしはるんどすか!?」
「ははっ、どうだろうね。でも、そう見えるならそうかもしれないね」
驚き尋ねてきた舞妓にそう言って誤魔化すと、葵がこっそりと手をキュッと握ってきた。
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