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―――『あそこの茶屋に舞を踊る美しい男がいる』
知り合いにいる金の亡者が、真しやかにそう噂をしていたことを思い出す。
美しい舞妓と言うならばわかるが、女性ではなく男性ということに違和感を感じる。いや、金の亡者のことだ。あの人は好色漢であるから、女で飽き足らず男にも熱を上げているのだろう。
おれ、土門帝理は、丁度今しがたその茶屋に訪れたところだ。おれの上司である剣持司が、一見さんお断りの茶屋に紹介として連れて来てくれたのだ。
もちろん、おれの目当ては噂の男ではなく可憐な舞妓と艶やかな芸妓だ。そうは言っても、噂が気にならないと言えば嘘になる。なぜなら、おれは好奇心が強い方だからだ。
「――いやあ、剣持さん。今晩も、いらしてくれはったん? 嬉しいわあ」
座敷の席に腰を下ろしたところで、部屋の中に芸妓と舞妓が一人ずつ揃って入って来た。芸妓が剣持に挨拶をして、おれの元へも寄って来た。
「どうも、はじめまして。うち、菊乃といいます。よろしぃ、お頼申します」
そう言って、菊乃は花名刺を手渡してきた。それから、可愛らしい舞妓も花名刺をくれた。
「土門さん、えらい色男やわあ。素敵」
「流石、口が上手いね。ありがとう」
しっとりと落ち着いた色気を纏う芸妓とは違い、舞妓はまだあどけない少女のようだ。それもそうか、舞妓は大体中学を上がってから二十歳前後までしかなることができないのだから。
二十歳を超えると、襟替えといって晴れて舞妓から芸妓へと生まれ変わるのだ。舞妓の内は派手な花簪やだらりの帯、おぼこ草履や地毛結いの髪型だが、芸妓は派手な花簪もだらりの帯も身につけることはなく、髪型も鬘だ。
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