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落ちるのが早くなった太陽が明と宵のグラデーションを作り出した頃、「私」はゆっくりと瞼を開いた。 微睡みに溶けていた意識をゆっくりと繋げていく。 まだ温度の残る、少し湿った夜の薫り。 それを感じる鼻腔。 気管を通して肺まで循環させて、吸い込んだ空気を吐き出す唇。 その空気が揺れる振動を感じる耳。 脳に届いた酸素が思考を回転させていく。 腕。 手。 指。 つま先まで神経がきちんと繋がっているのを自覚して、漸く「私」は身体を動かすことが出来る。 スプリングが軋む音を聴きながら、視界に映るのは6畳の「私」の世界。 ローテーブルの中央に置かれたパソコン。 両脇に並べられた空き缶と吸い殻が重なった灰皿。 薄暗い中に見える、ちっぽけな世界。 足元に転がる箱を拾い上げ、中から一本の煙草を取り出して銜えた。 箱の中に一緒に入れておいたライターで火をつける。 吐き出した煙が霧散すると、煙草は曖昧な紫色の一本線をゆっくりと描いてゆく。 小さな振動を感じて、その方向に視線を向けた。 自分と似た、でも異なる形。 規則正しく耳に届く呼吸音。 「私」が伸ばした手が「私」ではないそれに触れると、じんわりと掌に熱が伝わってくる。 同じものではないけれど、近い様な気がして、何となく離れがたい。 この感情が生まれたのはいつだったか。 いつか消えてしまうのだろうか。 とりとめのない思考を燻らせながら、火種を潰した。 胸の中を映すように、紫煙が不安定に揺れる。 正しい答えなんてわからないことは知っていた。 だからもう少し、このまま。 このまま。 このまま。 今日もまた、「私」はこの温もりという泥濘に溶け留まるのだ。 END
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